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彼女の中身

 ジメジメとした空気が肌に重く纏わり付く。不快な汗が肌着を湿らせ、憂鬱さは増していった。

 教室にいるのは僕と三柳の二人だけだ。もちろん将棋を指している。

 なんだか今日はより一層手が見えない。それは三柳も同じようで、互いに悪手を指し合う泥試合となっていた。

 盤側に西園寺がいたら、呆れ果てて一人で詰将棋を始めるだろう。

「やめだやめ!こんなん集中できるか!」

 僕は手に持っていた駒を机に投げ出す。

 三柳は黙って盤上を見つめている。

 どこからともなく聞こえてくる雨の音。遠くで女子の甲高い笑い声がする。

「西園寺、来ないな」

 返事はない。

「何でだろうな」

「私には……わかりません」

 呟きにも似た返答。まるで自分に言い聞かせているかのような。


 西園寺は準決勝で激戦の末敗れ、続くベスト6決めでも敗れて県大会への出場は叶わなかった。本人は実力不足だと笑いながら言っていた。


 それからしばらくしたある日。朝のテレビが例年よりかなり遅い梅雨入りを騒いでいた日のことだ。


 西園寺雪葉は部活に来なかった。


 翌日も、そのまた翌日も、彼女は現れなかった。

 気になって生徒会室へ行ってみると、物凄い勢いでキーボードを打ち込む彼女の姿があった。

 福山さんも山崎くんもやたらと忙しそうにしていた。

 西園寺に手伝いを申し出ると、彼女は力無く笑ってこう言った。

「大丈夫よ。私はあなたに頼らなくても大丈夫」

 まるで、言い聞かせているかのようだった。


「西園寺、どうしちゃったんだろうな」

 答える者は、いなかった。




「お前から呼び出しとは珍しいな」

 観音崎はわざとらしく驚いた表情をつくる。

「最近、西園寺に何かあったか?」

 僕は挑発ともとれる動きを無視し、単刀直入に聞く。

 西園寺は周りに壁を作るタイプだ。誰とでも親しみやすいが、ある程度距離が縮まると近づくことをやんわりと拒絶される。


 ゆうなに言われて気がついたが、そもそも能力に凹凸のある人間に完璧などあり得ないのだ。もしいるとしたら、それはもはや人類の上位種、あるいは進化形だろう。

 それでも『完璧』という評判を獲得し、維持し、綻び一つ見せない。ならば考えられることは一つ。

 西園寺自身が『完璧』を演じるために周囲を遠ざけ、欠点に気付かせないようにしている。

 彼女がなぜそこまで完璧に拘るのかはわからないが。


 少なくとも僕の観測範囲内で、僕たち将棋部員以上に親しくしている友人は見かけたことがない。

 それが突然の拒絶。僕たちはを怒らせるようなことはしていないはず。

「そうだな。ぶっちゃけ俺もわからん……が、思い当たる節はある」

「と、いうと?」

 観音寺は珍しく少し躊躇ってから口を開く。例の不愉快な笑いは消えていた。

「田無雄哉、つまり西園寺の彼氏が何かした可能性はある」

 田無雄哉。聞き覚えのある名前。必死に記憶を手繰る。

 ふと、顔を思い出した。

「ああ、あの爽やか系イケメンくんか。前に見たときは気味悪い微笑みを浮かべてたな」

 体育祭の片付けをしているときに声を掛けてきた男だ。なにや胡散臭いやつだった。まるで計算づくの表情を浮かべているような。

「で、そいつが何したって?」

「わからん。だが、こいつがまた厄介な男でな」

 そう言うとスマホを取り出し、少し弄った後こちらへ差し出してきた。

 受け取って見てみると、男女が抱き合って口づけをしていた。男は田無だ。相手の女はどう見ても西園寺ではない。

「次の画像を見てみろ」

 促されるままに画面をスライドして次の画像を開く。

 田無が先程とは別の女と手を繋いでいる。こいつも西園寺ではない。

「その写真は両方とも奴が西園寺と付き合い始めてから撮られたものだ」

 盗撮したのかよ……犯罪だぜそれ。ただ、それよりも気になることがある。

「西園寺は了解してるのかよ?」

「いいや、写真を見せたらガラにもなく動揺してたよ」

「浮気じゃん……」

「さぁな。奴にとってはこの程度遊びでしかないのかもしれん。いずれにせよ、ろくでも無い男だってのは変わらん。西園寺に別れるよう再三説得したが聞く耳もたん。俺には西園寺が弄ばれているようにしか見えなくてね」

 観音崎がここまで積極的なのも珍しい。それほどの問題児なのか、観音崎に都合の悪いことがあるのか。

 いずれにせよ、田無雄哉は西園寺に良い影響を与えるとは思えない。とうにかしたいところではある。

「最近はお前らと仲良くやってるから少し安心してたんだが……そうか、また独り逆戻りか……」


 また独りに逆戻り。


 ふと、出会った日のことが思い浮かぶ。あのころ、僕は独りだった。

 やけに青く澄み渡った空。崖のふちに佇む僕に話しかける彼女。

『なにしてるの』

 なぜ僕に話しかけたのだろう?


『あなた、もう一時間はここにいるわ』

 彼女はなぜそれを知っていたのだろう?


『わたしも散歩よ』


 彼女は本当は何をしに来ていたのだろう?


 あのころ、彼女は独りぼっちだったのだろうか?



 ただ、もし仮に西園寺が僕たちと距離を置いた原因が田無にあるのなら、それは彼女たち二人の問題だ。僕たちがどうにかできる話ではない。

 距離を置くのが西園寺の選択なら、それを尊重するのが僕らのとるべき行動だ。

 歯痒いが、納得するしかない。


「そうか……わかった。教えてくれてありがとな」

 僕は観音崎にスマホを返すと、その場を後にした。

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