二回戦 vs居飛車穴熊
「それでは時間になりましたので、対局を開始して下さい」
静まり返った会場にアナウンスが響く。
「「「「よろしくお願いします」」」」
僕は目の前の女子に頭を下げる。黒髪に三つ編みのお下げが特徴的だ。丸めがねが光を反射していて表情が読み取りづらい。
まずは相手が居飛車か振り飛車かを探る。
だが、相手はすぐに飛車が振れない形へと組んだため居飛車が確定した。
今回は後手番を引いたので、早石田ではなくノーマル三間飛車でいく。飛車を左端から三番目の列に振る戦法だ。
ノーマル三間飛車は自分から積極的に攻める戦法ではない。相手の出方を探りながらジワジワと捌いていくものになる。
臨機応変に指すため、こちらは簡単に陣形を決めてしまってはいけない。美濃囲いを目指しつつも神経の使う駒組みが続く。
思わず呼吸を忘れている。いつの間にか手汗でビチャビチャに濡れていた。
どうも相手の陣形が怪しいので端歩を突いて探りを入れる。
相手はこちらの端歩を探りを無視して囲い作りに専念している。
穴熊囲いである。
将棋指しに聞けば誰もが『最強』と答える、そんな囲い。
盤面の隅に玉を移動させ、周囲を金銀でガチガチに固める。その様子はさながら熊が穴に籠もっているようであることから、畏怖と尊敬をもって『穴熊』と呼ばれる。
手数はかかるもののあまりに守備力が高すぎるため、『指すと将棋が下手になる』と言う者すらいる。
思わず爪を噛む。
居飛車の穴熊は振り飛車を指す者にとって常に悩みのタネである。プロが何十年かかって研究しても決定的な対策が見つからないのだ。
仮に彼女の棋力が僕と同等だったとする。その場合、彼女に穴熊の完成を許した時点で僕の作戦負けになる。
しかし、穴熊の完成はどう考えても僕の妨害が入るより早い。既に作戦負け模様だ。まともに指してたら勝ちの目は薄い。
――そう、まともに指してたら。
僕は一度組んだ美濃囲いを変形させた。
相手は眉を寄せて少し不思議そうな顔をしたが、それっきりあまり気にせず穴熊の完成を急ぐ。
僕の陣形はどんどんヘンな形へ変わっていく。盤の右側最下段にいた駒の全てが移動し、まるでトンネルのようにスカスカとした空間ができあがった。
「ーーっ!!」
相手が声にならない声を上げる。こちらの狙いに気付いたらしい。
させまいと攻撃を仕掛けようとするが、時既に遅し。
一段目に下りていた飛車はトンネルを通って盤の右端まで一気に移動する。
奇襲戦法トマホークからの変形地下鉄飛車。
一度飛車を左側へ振り、盤の右端に攻め駒を集めた後に飛車を右端に振り戻す。端に守り駒を集めて守るのならこちらは端に攻め駒を集めれば良い。
だが、あくまで奇襲戦法。駒が偏る上に守りが薄く、攻め損じたらカウンターから身を守る手段は無い。また、作戦を読み切られてた場合は封殺されてしまう。
だが、今回は上手く騙せた。
ここからの攻めが要である。
狙うは一筋突破。一点に集中砲火を浴びせる。盤の左にいた角もサポートに回し、ひたすら一点突破を狙う。
守り駒が剥がされていくたび、相手が落ち着きなく人差し指を机に打ち付ける。
こちらは取った駒を容赦なく打ち込み、相手陣を引っかき回す。
相手玉は丸裸になってしまった。
「ありがとうございました……」
力無く投了。僕も軽く頭を下げる。
今回は感想戦をするのだろうか、前回の人はふいっといなくなったしなぁ、などと考えていると、相手が口を開いた。
「まさかトマホークでくるとは思いませんでした……」
意外と可愛らしい声だったことに今更気付く。
「そうですね……僕は穴熊の対策がコレしか無いので。奇襲戦法に頼るっていうのも不安がありますけどね」
その後、しばらく和やかに感想戦をした。周囲の対局も次々と終わりを迎えていき、ボソボソと小声で感想戦をしていた。




