二人の距離~皐月朔矢の場合~
昼休み。僕は図書室へ向かう。
ガラス張りの扉を押し開けて中へ入ると、湿気った紙の匂いが鼻をくすぐる。
図書室の奥では彼女が一人、静かに本を読んでいた。本を机に置きやや背を丸め、両手を本に添えている。昔と同じように。
「三柳」
静かに呼びかける。
彼女はゆっくりと本を閉じ、こちらを向く。眼鏡越しの目は、昔と違って笑っていない。
「……なんですか」
少し尻込みしてしまう。しかし、もう後戻りはできない。
「ちょっと話したいことがある」
三柳は立ち上がった。
「ここは図書室ですし、廊下に出ましょう」
廊下は電気がついておらず、窓も無いためやや暗かった。
図書室は普通教室とは別の特別棟にあるため、見渡す限り人の気も無い。
「で、何の用ですか?」
三柳の目は真っ直ぐこちらを見据えている。
「その、なんだ……なんていうかさ、将棋部、嫌なら辞めて良いぞ?」
彼女は突然俯く。
「なんで……ですか?」
「いや、何て言ったら良いんだろ……ほら、お前は僕のこと嫌いみたいだしさ……もちろん三柳が僕のこと嫌いになるのは当然だと思う」
なんて言ったら良いんだろう。今さらあの時のことを謝るのも変だし……それに、何より――
「お前が嫌なら良いんだけどさ……僕は三人でいるのが楽しいんだ。僕と、西園寺と、三柳で一緒に将棋を指してたい。正直、部活に二人も部員が増えて最初はちょっと面倒だった。西園寺は変に絡んでくるし、三柳は前に傷つけてしまったし……でも、今は三人でいるのが楽しい。だからこそ、お前が楽しくないならハッキリ言って欲しいんだ」
ワガママだってわかってる。それでも、僕の言葉が三柳に影響を与えると信じて本音を口にした。
腹割って話せば相手が応じる、なんてのは自己中心的だ。
でも、僕は何もしないで後悔している。
また何もしないのは、あまりにも愚かだと思う。
三柳は何も言わず、じっと俯いたままだ。
「突然ヘンなこと言ってごめん……」
鈍い沈黙。顔が前髪に隠されて表情が読み取れない。
気まずさに何か言おうと口を開きかけたとき、三柳は顔を上げた。
「告白みたいに呼び出しておいて、話すことはそれですか。本当に変わってないですね」
固く震える声。無理に言っていることがすぐわかる。
でも、その顔は清々しく笑っていた。
何かを決意した人特有の、瞳の奥の光。
彼女は僕の言葉に何を見出したのだろう。
「まぁいいです。何を勘違いしてるかは知りませんが、私はあなたのことが嫌いではありません。部活をやめる気もありません」
彼女は満面の笑みを浮かべていた。
それは、とても可愛らしかった。




