屋上談話
あんなことがあっても学校へは行く。習慣というやつは恐ろしい。
薄汚い教室は休み時間に沸いていた。窓からは春を感じる柔らかな日の光が差し込み、ゆったりと時間が流れていく。
バカ騒ぎをする男子生徒たちの隣で机に突っ伏して寝たふりをしていると、スマホが二ヶ月ぶりの着信音を発した。
不思議に思って通知を見ると、『西園寺』とあった。
「それで……なんですか?」
僕と西園寺は屋上にいた。空は青く、春特有の生暖かい風が吹いている。
「あら、ごあいさつね。わたしはあなたとお話がしたいだけよ」
西園寺はさっと髪をかきあげる。
「話すことなんてありませんよ」
帰ろうと出口へ向かって歩き出す。
「待ちなさい」
彼女の有無を言わさぬ口調に、僕は思わず足を止めた。
西園寺雪葉はどこからか黒猫をあしらった手帳を取り出し、開く。
「皐月朔矢、二年F組16席。前回の学年模試は国/数/英の順に32位、68位、132位。将棋と読書が趣味で、将棋部部長。典型的なぼっち」
そこまで言うと彼女は一息ついた。
「よく調べておいでですね。ストーカーですか?」
僕は思わず嫌味を言ってしまう。知らぬ間に自分のことを調べあげられているなど、気持ちの良いものではない。。
「いいえ、美少女特権よ」
彼女は、無表情で清々しく言い切った。
細い指でページをめくる。
「中学時代、公立中学に通っていたにもかかわらず空手で関東大会ベスト8。地元では天才空手少年とうわさされていた」
僕はポケットに手を突っ込む。
「……昔の話ですね」
「ではなぜキミは突然空手をやめ、かつての戦績を誇ることも無く、惨めな毎日を送っているのか?」
あまりの言いように顔をしかめる。さっきの嫌味の仕返しだろうか。傍から見れば惨めでも、こっちはそこそこ現状に納得しているから変わらないのだ。たぶん。
「別にアンタに言われる筋合いは無いですよ。と言うより、惨めだ何だ等と主観でモノを語るのは良くない」
「ま、主観だというのは否定しないわ。むしろ人が何かを語るとき、完全な客観に徹することのほうが――ごめんなさい、話が逸れたわね」
一つ、小さな咳払いをする。
話を逸らしたのはこちらだから、謝られても困る。むしろ、誘導に乗せて有耶無耶にしようとしたこちらの思惑に乗って貰えなかったことのほうが悲しい。
「わたしが思うに、家庭内で何か問題があったのではなくて?」
彼女は、ことも何気に口にした。
僕は再び出口へ向かって歩きだす。まるで逃げるようだ。別に逃げてる訳では無いが、確かに何かから逃げている。
「あ、ちょっと!」
アルミのドアに手をかけ、ノブを回して思い切り開ける。
「昨日だって――――」
バタン、と音を立てて閉まった。