観音崎の憂鬱
スマホの時計を見ると既に午後七時をまわっていた。かれこれ三時間ほどファミレスで駄弁っていることになる。
目の前の女子達は抜け目なく男子の顔色を窺いつつ、他愛のない話ばかりする。男子達は必死に戯けてポイントを稼ごうとする。
観音崎黒木は、退屈していた。
互いに自分に相応しい異性なのか、常に審査し続ける。
ボロを出せば他の場所で話のネタにし、相応しいと思えばワンチャンを狙う。
しかも、彼等にとっての『相応しい』は決して『分相応』ではない。むしろ『理想に近い』である。
身なりを整え着飾って、個性的な性格を偽装した末にやることは皆同じ。
バカみたいだ。
*『食色の慾は限りがある、またそれは劣等の慾、牛や豚も通用する慾である』といったところか。
「黒木くん?どうしたの?ボーッとして」
向かいに座る女子の声で現実に引き戻される。
俺は反射的に表向きの笑顔を浮かべる。
「いやぁ、なんだか調子悪くって。風邪だとマズいし、俺は先帰るわ」
「大丈夫?駅まで送ろうか?」
「いや、一人で大丈夫。お代ここに置いとくわ。それじゃ」
「うん、じゃあね」
ここにこれ以上いても面白いことは起こりそうに無い。有益な情報も落とさないだろう。
ファミレスを出ると外は既に夜だった。
スマホを取り出し、いつもの番号に掛ける。相手は予想の5倍くらい早くでた。
「あ、もしもし?観音崎だ。サツキ、お前どーせヒマだろ?ちょっと付き合えよ。近況報告も聞きたいしな。じゃ、15分後にいつもの店で」
一方的に告げて電話を切る。
経験上、あいつが急な呼び出しに応じる確率は45%くらい。だが、なぜか今日は来るという確信があった。
駅前徒歩5分、金文字で『喫茶モカ』と書かれた木のプレートが下がっている店。
中へ入るとモダンな洋風の装飾がされており、黒い木のテーブルと椅子、同じ素材のカウンター席がほどよい統一感を持たせている。
彼は既にカウンター席の奥に座っていた。
俺は隣に座る。
「西園寺とはどんな感じよ?」
「べつにどうもこうもないさ。普通に将棋指してるだけ」
「じゃ、あいつのことどう思う?」
サツキはマスターが黙って差し出したコーヒーを受け取ると、一口だけ飲んだ。
「完璧美少女の看板は伊達じゃない、って感じか。ただ、致命的な部分が不安定な気がするよ。あくまで勘だけど」
思わず顔がにやける。やっぱりこいつなら西園寺を変えてくれるかもしれない。
「なんだよニヤニヤしやがって。相変わらず気色悪いな」
「仕方ないだろ、オレはこういう人間さ」
「そういや、なんでお前は西園寺にこだわるの?」
「特にこだわってるつもりは無いが……まぁ幼馴染みだしな」
一瞬の沈黙。
「え!?初耳だぞ!?」
「あまり仲良いわけじゃないし、お互いあまり意識したことも無いな」
嘘だ。
「へぇ……たしかに相性悪そうだな」
「幼馴染みと言うより、観察対象だな。お前と同じだ」
これも嘘だ。
「……そうか。相変わらずいい趣味してるな」
サツキは一瞬何か言いたげな顔をしたが、返ってきたのは無難な嫌味だった。
たぶん、コイツは俺が嘘をついていることを感じ取ったのだろう。
その通り、嘘ばかりだとも。悪意は無い。
ただ、こうするのが最善だと思っただけだ。
*『食色の~』…… 幸田露伴 作 骨董 (岩波文庫) より