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いざ、道場へ

 運動会も無事終わり、学校は平静を取り戻していた。この学校は今のところ地域No.2の偏差値を誇るので、切り替えの早い『デキる』生徒が多いのだ。

 校舎裏でソシャゲの周回をしながらぼっち飯をとっていると、スマホがメッセージを受け取った。

 差出人は西園寺だ。

『各将棋部員へ。本日は課外活動を行います。各人、6限終了後速やかに正門前へ集合すること』

 各将棋部員って言っても西園寺の他に僕と三柳しかいないけどな、とぼやきつつ、あれっ? と思って文面を見直す。

 当然のように西園寺が仕切ってるけど、将棋の部長って僕だよな?


 将棋部乗っ取られてないか?



 6限終了後、とりあえず指示通り正門へ向かう。途中で脇を通り過ぎるグラウンドではサッカー部がゴールを引きずって移動させていた。

 日差しは春のそれではなく、運動部は大変だなぁ、などとしょうも無い感想を抱く。

 正門ではすでに西園寺と三柳が待っていた。

 こうして見ると、長髪で凛とした西園寺は正統派美少女ヒロイン、短髪で眼鏡の三柳は地味系ヒロインといった感じだ。

 三柳もよく見るとかなり可愛い部類に入る。個人的意見だが、校内には相当数の隠れ三柳ファンがいると踏んでいる。まぁ、ぼっちなのでその辺の事情はわからんが。

「あ、きたきた」

 西園寺がこちらに気がついた。

「で、今日はどこへ行くんですか? 部長さん」

 西園寺が仕切ることに釈然としなかったので、とりあえずイヤミを言ってみる。部長は僕だぞ!

 西園寺は一瞬間を開けた後、答えた。

「部長はサツキくんでしょ」

 うーん、そう返されると困るなぁ。なんだかしょうも無いことでイヤミを言った自分が惨めだ。

「で、本題よ。今日から大会まで、部活はわたしが通ってる道場へ行くわ。そこで徹底的に特訓よ」

 何も無かったかのように平然と告げる。余計に堪えるなぁ。

「あの……大会って私も出るんですか?」

 三柳が恐る恐るといった風に質問する。

「当然よ。三人で申し込んであるわ」

 部長に黙って申し込んだのかよ。もう西園寺が部長でいいんじゃないか?

「そういや、三柳って将棋指せたっけ? 指してるところ見たこと無いけど」

「えと……ルールくらいなら……わかります……」

 三柳は消え入りそうな声で答えた。

 僕と西園寺は全てを察した。

 三人の間に流れる沈黙。

「さ、西園寺、大会っていつなんだ?」

「……二週間後の日曜日よ」

 再びの沈黙。

「と、とりあえず道場へ向かいながら考えましょう」

 西園寺は動揺した声で言った。



 将棋は大雑把に言えば相手の玉を逃げられないところまで追い詰める「詰み」という状態を目指すゲームだ。

 だが、将棋はルール以外にも知らないと勝てないことが無数にある。終盤のよくある詰みの形、『手筋』と呼ばれる特定の条件下でのセオリー、『定跡』と呼ばれる序盤の決まった進行など、知ると知らぬでは実力に大きく差が出るものばかりだ。

 逆に言えば、天才でなくともそれらをある程度習得していれば誰でも一定のレベルまで到達できる、ということでもある。


 僕と西園寺は相談した後、三柳は道場以外にも詰将棋と次の一手の課題を課すことで合意した。

 まぁ、課題なんてなくたって毎日やったほうがいいのは間違いないが。


 学校の最寄り駅から約10分、たくさんの人で賑わう港前の巨大ターミナル――の二駅手前の古びた駅前ビル三階に道場はあった。

 閑散とした会議室のようなところにたくさんの長机と折りたたみ椅子が並べられ、机の上には将棋盤と駒箱がズラリと並んでいる。

 ただ、さすがに平日の午後四時とあって人はほとんど居なかった。部屋の隅、窓際に不健康なほどの痩身で髪はボサボサ、時代にそぐわない丸めがねをかけた青年が一人で盤を見つめているだけだった。

「おお嬢ちゃん、今日はお友達も一緒かな?」

 入り口から入って右手に座っている好好爺が西園寺に声をかける。

「ええ、同じ部活の仲間です」

 受付の好好爺は僕と三柳を交互に見る。

「お前さんたちは始めてじゃな。じゃあ、カードを作るから棋力を教えてくれんか」

 そう言って綺麗な長方形の紙切れ二枚とペンを取り出す。

「えーっと……アプリの将棋ウィズってあるじゃないですか。僕はあれで三段です」

「ほぉ……とりあえず初段から始めるか」

「わ、私はルールがわかるくらいです……」

「ふむ……11級からじゃな」

 カードに何か書き込む。

「よし。これが君たちの対戦カードじゃ。さて、席料じゃが……」

「一日券を二人分で」

「一人600円じゃな」

 僕と三柳が払おうとするのを制し、西園寺は財布から1200円払った。

「生徒会からの支給費で落とせるのよ」

 そう言うと西園寺はドヤ顔を決めた。

「しかし……今は先生しかおらんからなぁ……ま、指導対局でもしてもらってくるといい」

 僕らはめいめいにお礼を言うと、西園寺を先頭に入っていった。

 すると、奥に座っていた人がこちらに気付いたのか急に振り返った。

「お久し振りです、先生」

 西園寺が丁寧に頭を下げる。僕らもなんとなく頭を下げた。

「おう……お友達かな?」

 西園寺に『先生』と呼ばれた青年は僕らのほうに視線を移す。

「はい……というより、部活の仲間です。高校生大会に出るので特訓しようと思いまして」

「ははあ……君たち、棋力はどれくらい?」

 唐突に話題を振ってくる。名前より棋力が気になるとか、どうやら将棋のことしか頭に無いらしい。

「僕はさっき受付で初段って言われました。将棋ウィズで三段です」

「私は11級……です……」

 三柳はメチャクチャ居心地が悪そうだ。

 初心者が『道場』という厳つい名前にビビらされ更に強そうな人が登場して完全に参ってしまうパターンは、将棋に限らずわりとあると思う。僕が初めて空手の道場へ行ったときもそうだった。

「じゃあキミ、対局しようぜ。今この道場は四人しかいないんだし」

 『先生』は僕のほうを見てそう言った。

「えっ、いいんですか?」

 西園寺が珍しく驚いている。そんなに貴重なのか、この人と対局するの。

「特訓なんだろ?ちょっと協力しようと思ってね」

 そう言って先程睨み付けていた盤に駒を並べ始めた。

 よくわからないけど、要するにケンカを売られたようだ。もちろん、買うに決まってる。

 僕は『先生』の向かいに座り、同じく駒を並べ始めた。

「キミが先手でいいよ」

 そう言うと先生は居住まいを正す。僕も反射的に背筋を伸ばした。

「「お願いします」」


「……負けました」

 僕と先生は互いに頭を下げる。

 僕の攻撃は全く通らないまま、きっちりと詰まされてしまった。

「早石田から石田流という攻撃的な流れを迷わず選択したのに、なかなか攻めてこなかったのは良くないね。鋭い手が飛んでくることがあっても、凄く自信なさげだし……」

 ぐうの音も出ない。

「本来は積極的な性格だけど中途半端に自信がないが故になかやか思い切った手が指せない、ってところか」

 二回目に会った西園寺といい、先生といい、何で相手に探りを入れたがるのだろうか。

 西園寺は見当違いも甚だしいから良いとして、先生はあながち間違ったこと言っていないので厄介だ。

 よく知らない人に内面を探られるというのは愉快なことではない。

 目をそらすと、隣で西園寺が三柳に詰将棋を教えているのが目に入った。

 あたりを見渡すと、ぼちぼち人が集まってきたようで、おじさんが数人、談笑しながら指していた。

「お、人も集まり始めたな。色んな人と対局してくるといい。見えるものがあるよ」

 先生はそう言って席を離れた。

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