当日2
その後も無数のトラブルが起こったが、全て西園寺の采配と生徒会役員の奔走により事なきを得た。男子騎馬戦、選抜リレー、締めの三学年合同リレーの後に今年の優勝は黄組に決まり、大盛況のうちに体育祭は幕を閉じた。
生徒たちが思い思いに帰って行くなか、僕ら本部役員は後片付けをしていた。掲示物剥がしてロープや杭を片付け、テントを畳んでゴミ拾いをすれば終わりなので二時間もあれば十分だろう。
それは、僕が保護者席と生徒席を区切るロープを巻き取っているときのことだった。
今日の晩飯のメニューを考えていると、唐突に声をかけられた。
「君が皐月朔矢くん、かな?」
振り返ると、一人の男が立っていた。パッチリとした目、スッと通る鼻筋、バランス良くカットされた茶髪。一言で言うと爽やかイケメンだ。
「皐月は僕ですが……どちら様ですか?」
男は爽やかに微笑む。
「お、合ってたか。あいつたまに嘘つくからなぁ……僕は田無雄哉。雪葉の彼氏だよ。ちょっと彼女の様子が知りたくてね」
ははあ、こいつがかの有名な西園寺の彼氏か。
こいつも学内で相当の人気を誇っている。ただ、ファンのほとんどは女子で、男子の一部には良く思わない人もいるらしい。
「頼れる生徒会長ですよ」
何故わざわざ僕に聞くのだろうか。そんなもの本人に聞けばいいだろう。
「いやいや、そっちじゃなくてね……将棋部ではどんな様子なのかなー、って。雪葉、最近サッカー部のマネージャー辞めちゃってさ。何してるのかと思ったら将棋部に入ったって言うじゃないか。一体何を考えているのかわからなくって……」
田無はやれやれと首を振る。動作が一々うさんくさい。
「特別なことはわかりません。毎日将棋指してるだけですよ」
田無がこちらを見る。口元は笑っているが、牽制の入った鋭い目つきでこちらを見ている。
「僕の彼女なんだ、気になってしまってね。まぁ、よろしく頼むよ」
そう言うと、返事は聞かずに歩いて行ってしまった。
「よろしく頼む、ねぇ……」
要するに威嚇にきたわけだ。「俺の彼女に手ぇ出すんじゃねぇぞ」って言いたかったんだな。実に素直じゃないナァ、とか思ってしまう。
僕のことも、観音寺に聞いたに違いない。「あいつたまに嘘つくからなぁ」って言った時点でお察しだ。あいつは自分が面白くなるように情報を与える。だから、たまに面白がって嘘をつく。
ロープを巻き終えると、どっと疲れが出た。
「ちょっと休むかぁ」
僕はその場に座り込んだ。
ふと脳内に西園寺の言葉が蘇る。
「あんなやつ、どうでもいいのよ」
たしかに彼女はそう言った。
僕は大きな溜め息をつくと、空を見上げる。大小様々な雲がゆっくりと流されていく。
「わけわかんねぇな」
僕は思わず呟いた。