当日1
「……以上が今日の動きよ。実行委員会のほうには説明済み。何か質問は?」
運動会当日、午前7:30。生徒会+僕+三柳の六人は、グラウンド本部テント下に集まり最終確認をしていた。天気は幸いなことに快晴。天気予報は気温20度を超えると宣言していた。グラウンドを吹き抜ける朝の風は最早春のものではなく、隅に生えているタンポポは既に綿毛を飛ばし終えている。
西園寺は皆を見回す。特に手を挙げる者はいなかった。
「今日踏ん張れば、明日からは元の安らかな日々が戻ってくるわ。そのためにもこの運動会、何が何でも成功させましょう!」
皆、力強くうなずく。その無言が、互いへの信頼と成功への決意を物語っていた。
一時間後。
「西園寺、生徒の入場が遅れてるぞ」
「会長、実行委員の誘導ミスで保護者が生徒ゾーンに入り込んでます」
「西園寺さん、実行委員が数名遅刻してくるそうです」
僕、山崎くん、三柳は同時に報告を入れる。
「まずいわね……」
西園寺は思わず整った顔をしかめた。腕を組み目を瞑ってそのまま静止する。
「西園寺?」
僕は呼びかける。
「よし。進行遅延は開会式の実行委員長のことばを省いて調整。皐月くん、その旨伝えてきてちょうだい。誘導ミスは生徒ゾーンと保護者ゾーンの間のロープに『保護者進入禁止』という貼り紙をした後に再誘導してちょうだい。山崎くん、お願いね。遅刻してくる人は、他の時間帯にシフトに入る実行委員と交代させて。三柳さん、頼んだわ」
「オッケー」
「わかりました」
「了解です」
僕ら三人は各々の仕事のために走り出す。
走りながらふと思う。
開始一時間でこんなに問題が続出するものだろうか。さっきも実行委員の誘導ミスで赤組クラスが青組クラスの待機場所に誘導されていた。僕らはあれだけ準備をしたし、前日に実行委員とのミーティングも行った。それでこのミスの連発である。
ここまでくると、実行委員に問題があるとしか思えない。
実行委員長は、緑組の待機場所で複数人の女子たちと喋っていた。緑のはちまきをしているので緑組であることがわかる。ただ、何て言うか……ぶっちゃけ髪の毛の金色のほうが面積大きいし黄色組の回し者だったりしそう。
あ、ちなみに僕も緑組です。
「委員長!」
僕は大声で呼びかける。
彼はこちらに気づくと、一瞬明らかに嫌な顔をした。
近づいて良く見てみると、委員長は髪の毛一部を緑に染めていた。裏切ってないというアピールだろうか。
「何の用?」
声に少しとげがある。だが、ここでめげてはだめだ。
「開会式の委員長のことば、時間の都合で省略することになりました」
一拍置いて、返事がくる。
「え……オレは喋らないってこと?」
「まぁ、そうなりますね」
声に焦りが見える。
「なんでだよ?オレだって苦労して原稿考えたんだぜ。それを時間の都合なんかで省略って……」
「と、言われましても……」
「なんとかならないのか?」
「そうですね、誘導ミスもありましたし仕方ないかと……」
ふと、道ばたの落とし物に目がとまったかのように気がついた。こいつは皆の前で喋りたいんだ。
実行委員長の苛立ちに歪んだ顔を見つめる。
こいつは皆の前で良いカッコしたい、偉いってことをみせつけてやりたい、そういうだけの奴なんだ。
それっぽいことを言って、頑張ったアピールをして、自分が偉い事を認めて欲しいんだ。
別に根拠があるわけじゃない。ただ、僕の中の何かが感じ取っただけだ。
ただ、もしそれが正しいなら。僕のかけるべき言葉は――
「大丈夫ですよ、閉会式でも喋る場面があるじゃないですか」
僕は、乾いた微笑を顔に貼り付けて語りかける。
「それは……たしかに……」
「言いたいことはそこで凝縮して伝えれば良いんです。内容も濃くなります。これはむしろメリットなのでは?」
情報量が多いのと濃密なのは全くもって別物だが、適当に言いくるめるだけなら問題ない。
「……進行のためなら仕方ない。わかったよ」
「ありがとうございます。それでは」
そう言うと僕はそそくさとその場を離れた。
「あら、お早いお帰りね」
本部に戻ると、西園寺が声をかけてきた。彼女は椅子に座って休憩しているようだった。
「あぁ。次の仕事は?」
「一段落したところよ。休むといいわ」
僕は西園寺と一つ間を開けて椅子に座る。グラウンドのトラックを挟んだ反対側のフェンスには、「青春は爆発だ」と書かれた垂れ幕がかかっている。全校生徒の投票で決まった、今年の行事スローガンだ。
「ねぇ、知ってる?人生って黒い冬で終わるのよ」
西園寺は唐突にそんなことを口にした。豆しばかな?とか突っ込みたいが本人は真面目に話してるようなのでやめておく。
「いや、知らないな」
「そう」
それっきり黙ってしまった。
サッパリ意味がわからない。黒い冬って何?世界の終焉的な?神話かな??
「なぁ、黒い冬ってどういう意味だ?」
西園寺は垂れ幕のほうを眺めながらゆっくりと答える。
「古代の中国では、季節に四つの色を当てたの。青い春、朱い夏、白い秋、玄い冬。そして、人生を一年になぞらえた。成長期の十代を青春、活発な20~30代前半を朱夏、衰えゆく40~50代を白秋。そして人生の最後に玄冬」
そこでまた西園寺は黙る。
玄い冬。嫌な言葉だ。
「へぇ、始めて知ったよ。青春だなんだと騒いでる連中は黒い冬で人生が終わるって事を知らないわけだ」
なんだかやつらの上位に立ったような気がして、ささやかな優越感に浸る。
「いやな話よね」
西園寺がポツリともらす。
僕もその声で我に返った。安っぽい優越感など、どこかへ消えてしまった。
「そうだな」
それっきり話すことは無く、二人でグラウンドを眺めていた。