プロローグ
僕は、せり出した崖の上に独り佇んでいた。
眼前には突き抜けるような青空が広がり、潮風が頬をなでる。眼下の岩場では波がうねり、飛沫を上げていた。
あとは大きく踏み出すだけだ。
まるで台風が過ぎ去った後のように、不思議と爽やかな気持ちだった。
「なにしてるの」
薄い絹のような美しい声に思わず振り返る。
そこには一人の少女が立っていた。顔つきは整っており、腰まである黒髪を垂らしている。白い頬に薄く紅が差している様は彼女の艶っぽさを際立たせていた。そこまで観察して、僕と同じ高校の制服を着ていることに気付く。
「西園寺……雪葉さん?」
「ええ。たしか……皐月朔矢くん、よね」
「はぁ……そうですが」
呆気にとられて間抜けな返事をしてしまう。それにしても、なぜ彼女がここに?ここは滅多に人も近づかないはずだ。あれだけ調べたのだから間違いない。
「それで、なにしてるんですか?」
再び彼女に問われ、返答に詰まる。適当に誤魔化すか。
「ちょっと散歩を。西園寺さんは?」
「わたしも散歩よ。ここは景色がいいし、お気に入りなの」
彼女は空を仰いだ。
「そろそろ行きましょうか」
そう言うと、彼女は僕に崖を離れるよう目で促す。
「いや、僕はもうちょっと海を見てから行くよ」
「あなた、すでに一時間はここにいるわ。もう充分じゃないかしら」
思わず目を見開く。たしかに僕はここで一時間もグズグズしていた。しかし彼女はなぜそれを知っている?見ていた?何のために?
「ほら、行くわよ」
彼女はむりやり僕の手を引き、崖から遠ざかる。
砂利道を手を引かれながらしばらく歩いていたが、アスファルトで舗装された道まで来ると止まった。
「メアド、教えて」
手を離すと同時に彼女はそう言った。
「え?なんで?」
「なんでもいいでしょ」
そう言うと彼女はスマホを取り出す。
そのままなんとなく連絡先を交換した。
「じゃ、またあした」
彼女はそう言うと、道を歩いて行ってしまった。
毒気を抜かれてしまった。なんとなく僕も家路についく。空はきれいな橙に染まっていた。