無限の塔の英雄譚
何十年、いや、もしかしたら何百、何千年経っただろうか?心臓病を患った妹に、あらゆる方面からの反対を押し切ってドナーとして自身の心臓を明け渡し死んでしまったはずの兄、俺こと宝月誠治は、気がつけば1層毎に大自然広がる果て見えぬ塔の中にいた。
最初はあの世にでもきたのかと思った。だがこの塔の中にいる生き物たちは俺を襲った。酷い痛みにのたうち回って死んでは塔の第一層の始まりの地に戻って居た。
腹が減った。何が食べていいかもわからず意を決して食べた実は、毒があったのか激痛とともに汗が噴き出し体が焼けるように熱くなったと思えば急激に冷えきって気がつけば第1層の始まりの地に戻っていた。
奈落に落ちた第1層の始まりの地に戻っていた。
トラップに引っかかって第1層の始まりの地に戻っていた。
飢餓の果てに第1層に戻っていた。
何日も、何日もそんなことを繰り返したある日、塔の中に居た生き物に拾った木の剣でヤケクソじみた八つ当たりをすると、何も考えたくなくて力加減を誤った俺はその生き物を殺してしまった。塔に中の生き物は物の入った袋を残して煙となり俺の中へと入っていく、一時の激情に任せて生き物を殺してしまったという後悔に苛まれながらも俺の中で何かが溜まったのを感じる。
何度も死に、何度簿堪忍袋の尾が切れてその都度生き物を殺しているちに数週間もしないうちに生き物を殺めることに抵抗が無くなっていた。殺しに来るから殺す。そんな思考になっていた。死んで戻され綺麗サッパリリセットするまでは溜まり続ける何かが順当に溜まり続けた何十週目に。溜まり続けた物は俺の中で満ちた。すると若干ではあるが体力がついて、痛みに耐えられるようになったりしていた。きっとこれは帰りたくてたまらない俺の世界のもので例えるのなら、ゲームで必要経験値が溜まってレベルが上がったのだろう。
俺はしばらく第1層で生き物が落とす食料が尽きない様に気を付けつつ生き物たちを狩り続け次の層に進んだ。
死んだ 戻った 殺した 進んだ 生きた 死んだ 以後繰り返し繰り返し。どうやって生きていけばいいか、進めるのかを試行錯誤し、やる事もないのでその場で餓死し続けるよりはいいと次へ次へと何度も繰り返しながら少しずつ進んでいく。年単位の時間が経った。自身が老いていることに気が付いた。なんだ最初に戻っても何時しか寿命で死ねるのかと思って心底安堵して涙を流した。
死ねると解っても暇なので少しずつ進んで百層にやって来た。百層の出入り口の目の前に百一層に続く螺旋階段がそそり立っている。俺はついに三ケタに至った達成感を覚えながら。運が良いな、じゃあこの層で適度に狩るかと百層を見渡す。だがそこに広がっていたのは野原でもなく丘でもなく山でもなく雪原でもなく砂漠でもなく洞窟でもない。あまりにも透き通った湖だった。俺は肉眼で湖の中に生き物が潜んでいないかと捜し何もいないことを確認した後に湖の水に手の皮を引きちぎって入れる。しばらく眺めて変色も溶ける事もしない。手から流れ出る血も凝固するなんてことはないのを確認すると生き物が落とした入れ物に丁度いいひょうたん型の物を取り出して水を入れて飲んでみる。水だった。ただ空気を吸っているのかと思うほどに喉越しが良い美味しい水だった。
もう少しで百五十層に届きそうなところで袋に擬態した生き物が落とす袋の中に入っているアイテムに擬態した生き物に手を食われ、致命傷を負ってもう無理だと悟り自害して死んだ。第一層の始まり後に戻っていた。自身に老いを感じなかった。鏡を手に入れたときに自信をじっくりと観察してこの塔に来た頃と同じ若さになっていることが分かった。何十年も塔の進行を行った。年老うことわなかった。寿命で死ぬことを俺はいつの間にか剥奪された様だ。絶望通り越して諦観した。しばらく廃人になった時もあったが腹が減って死に続けるのが辛すぎたので結局、塔を昇る。
六十九穣七千三禾予千六百八十二垓二千六百七十一京千八百三十四兆五千六百三十七億八千百五十一万二百七十四層目。最後に言葉を発したのはいつだったか、最後にいつの生まれ育った世界を思い描いただろうか。何年も前の気もするしついさっきの様な気もする。
数多くの技能も魔法も得た。相手を知ることが出来る技術を得て今わかるのはどの層からだっただか。どの生き物も『魔人』『魔王』『魔神』『龍人』『龍王』『龍神』などと表記されている当初恐れおののいた存在は今や何も感じない。殺そうとしてくるから殺すだけの対象となっている。もはや、俺は俺自身が宝月誠治であるのかも自信が持てなくなっていた。
あぁ終われない、俺ではこの無限地獄を終えれない。俺は今いる層の一日が終わる際に習慣の様に何かへ祈りをささげる。誰か終わらせてくれ。助けてくれ。解放してくれと。
六十九穣七千三禾予千六百八十二垓二千六百七十一京千八百三十四兆五千六百三十七億八千百五十一万二百七十四層を進んでいるある日の事だった。『レントゥスドラコー』という龍神種族の生き物が目の前を阻んだ。距離がある。俺はブレスの範囲に入る前に中々手に入らな物資を泣く泣く使って死んでロストしませんようにと何千年だったか昔に俺が裁縫技能を使用して作り上げた『無限の鞄』に手を入れて、入れたはずのものを思い浮かべると手に感触を感じた。思い浮かべた物を手に掴めたのだ。俺はそれを引き出した。ただの木の槍である。俺はそれを構えて龍神に向かって投げつけた。
【弱点追尾』『必中』『貫通』『剛腕』『道具不滅』が発動して視界では点にしか見えない竜神の全弱点全てを木の枝は空気抵抗を感じさせず高速で命中、命中しても木の枝は空気抵抗どころが鱗も肉もない物かのように貫いて龍神の弱点全てを貫くまで龍神を襲い続ける。龍神が倒れて粒子となり俺に吸収される頃には木の槍は粉々に砕け散った。俺は手を龍神が居た方角に向ける。
『戦利品回収』の技能が発動して龍神が落としたのだろう袋が折れの手元にまで飛んできた。俺はそれの中身を確認する。龍神の肉だった。食べ飽きた物だった。そもそも『陽の恵み』『陰の恵み』『火の恵み』『水の恵み』『風の恵み』『土の恵み』等の技能によって食事はあっても無くてもいい娯楽と化している。つまりは俺にとって龍神の肉はハズレだった。俺は捨てるのももったいないので無限の鞄から一冊の本を取り出す。召喚書である。これを所持していると、稀に生き物と相対した時に懐く事がある。だがずっと連れ歩くのも邪魔なので召喚の書の中に入って貰って、いつでも呼び出すことが出来る。
俺は何十頁かをめくって小人の女の子、『サクラ』を呼び出した。龍神の肉を丸焼きにしてサクラに渡す。サクラは美味しそうに自身よりもはるかに大きい龍神の肉を瞬く間に完食する。
俺の仲間たちはどいつもこいつも食事を必要としなくなっている。道楽や上がりにくい能力の底上げに必要な位なのだが、サクラは龍神の肉が好きすぎで、味恋しくなった時俺に一言言っては龍神を数頭単独で狩るくらいなのだから。
サクラが「美味しかったです!有難う御座いますお兄ちゃん」とお礼を言った。俺は何も言わずに頭を撫でて本の中に戻そうと、本を開いたそんなときであった。
地震が起きた。地面が割れていき俺はサクラと共に空中へ避難したが、上から塔の破片が無数に落ちて俺達をどうあがいても巻き込んで行った。視界が瓦礫に消えていく。あぁもしかして死ぬのか?また一からか?あぁ……そうかい。そう思って目を閉じた。
俺の技能が自動的に発動する『防護障壁』『食い縛り』『耐える』『超自然回復』『安全地帯把握』……塔は外装の老朽化が進み崩壊、影響は内装にも及びもはや無限の塔に安全地帯は無いというのが自動発動の技能を通じて理解できた。生きようとする意志が数多くの技能からこの状況を打開できるものを探し出す。すると無限の鞄から無地の書が現れた。表紙どころかどのページも白紙の物である。俺はそれを見ると手を瓦礫にぶつけ、滴った血で『亜空間移動』と書き込んだ。すると書き込んだ頁は燃えた。燃え滓が俺に吸収されていってそして俺は。技能『亜空間移動』が発動し塔のあった世界そのものから体を移動させた。
目を開くと知らない場所に居た。サクラが無限鞄から出てきて俺を泣きながらお兄ちゃんと叫び揺さぶっている。俺はサクラの頭を一撫でして大丈夫だと伝えて周囲を見渡す。
周囲には眠っている俺を守ろうとサクラがこれまた見慣れない生き物たちを葬って作った亡骸に遮られて発見が遅れたけれども、それを発見した時、俺は鞄を落とした。サクラがそれを受け止めよろめいた。涙が出る。声を出すにはどうしたらいいのだったかを必死に思い出そうとする。今の俺が人の形を保っているのかどうか心配になる。俺がこんなに取り乱すのも仕方ない。何故なら。
「あぁ……村が見える。人が見える。俺以外の人がそこに居る」
「お兄ちゃん?」
もはや思い出せないほど昔、塔にやってくる前よりも昔に見た。『人』がそこに居たのだから。
絶対に続かない