貴族 対 宗教
スラムで鍛えられた『冒険家』ララは、結構強い。
攻撃面では筋力の無さと体重の軽さから威力不足としか言いようがないけど攻撃を命中させることはできるし、防御力は紙装甲だけど回避面では高性能なのだ。
いい武器さえあれば前衛としてもそこそこ戦えるだろう。たぶん。
「マスター、『神官』は前に置くジョブじゃないのですけれど」
「『神官』って決まったわけでもないし些細な問題だろ。むしろ、この子は前衛で輝くタイプにしか見えない。『格闘家』向きだぞ」
「なんか、凄く貶されている気がするのです」
失礼な。ちゃんと褒めてるし。
ララを正式にパーティへ組み込むため、簡単な実力チェックを行う事にした。
という名目で、俺はララの、『格闘家』としての適性を見ることにした。
パーティを組まなければ一緒にダンジョンに行くことはできないので、普通に訓練場を使っての模擬戦である。
見た目からして『騎士』は無いだろうと思い、そちらの可能性は切り捨てた。だが、前衛を増やしたいという俺の願いは変わらない。
だからララを『格闘家』として目覚めさせるべく、刷り込みを行っているのだ。
ジョブ解放は本人の意思とは無関係に行われる。
これまでのジョブ解放の経験上、ジョブは本人の経験などが大きく関わってくる。また、本人の認識もその選択に一役買っているというのが俺の個人的見解だ。
幸いにして、ララのファーストジョブは『冒険家』だ。神官らしい行動で冒険者としての適正を見る事は出来ないので、前衛が欲しい俺にとって有利な状況だ。
まさかイーリスも自分が連れてきたララを拒絶することなど出来はしまい。くくくっ。
俺としては前衛候補が増える方がありがたい。前衛職の『楯騎士』だけど『竜召喚士』は後衛職なので、後ろに居たいわけだし。騎士系ジョブは指揮官を目指すための通過儀礼なのだよ。
そんな俺の考えを見抜いてか、イーリスは早くララをパーティに入れたいと言うけど。
けど、今は、それが「出来ない」。
パーティを組んでダンジョンに連れてくとか、今までは一般人の冒険者が対象だったから良かったんだけどね。
教会に所属しているのが問題だった。
宗教勢力と貴族などの勢力は、地球の中世ヨーロッパでは宗教の方が強かった。日本だと武家の方がやや強かった。
この世界は日本よりなのか、貴族の方が政治的に強く、カノッサの屈辱のようなことはできない。まぁ、カノッサの屈辱をやった教皇は後にローマから逃げ出す羽目になったから、一概に貴族の方が弱かったとは言えないのかもしれないけど。
貴族の方が教会よりも強いとはいえ、その勢力を無視できるほどではないのが難しいところ。
そんな中で教会に所属するシスター・ララをジョブ解放しようものなら、領主サマに何を言われるか分からない。事前にお伺いを立てるのは当然と言えた。
それがララをパーティに組み込まない理由であり、俺の手に入れた猶予期間という訳だ。
この猶予期間については、俺の個人的意向を一切含まない事だけは仲間にもしっかり弁明しておいた。
実際、文官のジャニスさんからは少し待ってほしいと言われている。
もしも、何も考えずにジョブ解放していたら、領主を敵に回し詰んでしまった可能性もある。この時代の政治は怖い。命がけだし。
そんなわけで、今のうちにやれる事をやっておく。
戦闘訓練が無駄になる事は無い。それは前衛・後衛のどちらでも変わらない。だからイーリスも積極的に反対することができない。まだ『神官』じゃないのだから魔法無しの訓練も合法である。
俺の一手が実を結ぶかどうかは、まだ分からない。




