幕間:柱食いの鼠
「食い物、けっこう集まりましたねー」
「おう。これと畑があればひもじい思いをしなくても済むな。つーか、肉が多いのがいいな」
「うわ、「ひもじい」って、いつの時代の言葉ですかー?」
「うるせぇっ!」
日本人の居住地。
倉庫用の区画、その地下には、多くの食糧が運び込まれていた。
地下に食糧倉庫があるのは、長期保存が目的だ。氷室を併設することで室温を下げ、食糧が傷むのを遅延しているのである。大々的な装置ではないので気休め程度ではあるが。
保存目的なので当たり前だが、湿度対策は十分にしてある。
そこに運び込まれた食糧は、周辺への遠征を行った部隊が持ち帰った物である。
日本人の中でも戦える者の大半を使って行われた狩猟・採取部隊の活躍により、彼らの食糧事情は大きく改善していた。
ただし、無計画な狩猟の分だけ周辺の動物の生態は大きく狂っており、来年以降も同じことができるとは限らない。
無断で採取を行った事で動物らの食糧事情も大幅に狂い、普段より畑に害獣が出る可能性が高くなっているが、その分は狩りで相殺していると思われる。
そういった配慮を今までしてきたのだが、気遣いしたままでは自分たちが飢えてしまうので苦肉の策である。
後先考えなければ打てる手などいくらでもあるのだ。
同時刻、倉庫区画とは別の場所。
そこでは研究班の成果披露が行われていた。
「馬型ゴーレム、問題ありません」
「エンジンゴーレムも問題ありません」
「全て通常のゴーレムと同じく、『人形遣い』の能力範疇に収まっています」
「「「魔導車、無事、完成しました」」」
彼らがやっていたのは流通革命である。
外見は馬型ゴーレムを使った馬車であるが、その中身はエンジンを搭載した車である。
ここに居る日本人の中には車関係のプロや、アマチュアでも改造車を作ったりする連中がそれなりにいた。工業校の機械科の学生もいる。ロボコン出場者も混じっていた。
機械関係に強い人間が揃っていたのである。
彼らは自分たちで図面を起こし、金属加工を行い、一からエンジンを組み上げたのだ。
全工程が手作業の為に量産は難しいものの、10人は乗れて時速60㎞出せる車は、ひいき目に見てもオーバーテクノロジーの塊である。この世界には異物と言えるレベルだ。
この魔導車と名付けられた車は契約者のほんの少しの魔力で1日中動き続ける事が可能で、視点を変えると日本の車よりも高性能であった。
エンジン回りだけでなく、その他の部分にも車まわりの常識が詰め込まれている。道の関係上どうしても振動を殺し切れなかったものの、乗り心地で言えば通常の馬車と比べる気にもならないほど素晴らしい。
欠点は生産性の低さとメンテナンス関係。
日本人特有の物造りスキルがどうしても必要になるため、ごく一部の職人しかできない事が多すぎる。1年点検などと言えず、1月点検が必要なのもこれから改善していくべき点だろう。
ミスリルやオリハルコンといったファンタジー金属でもあればいいのだろうが、今のところ入手できた日本人はいない。
この世界の中にはドラゴンと契約し、時速1200㎞で空を往く規格外も存在するが、そんな奴は本当にごく一部の例外である。
魔導車は汎用品である事を考えれば、歴史に名を残せる品である。
「さて。本来であればこの魔導車を使って領主と交渉するつもりでいたが」
プレゼンを見終えた日本人勢力のリーダー、相川は仲間の顔をぐるりと見渡した。
そこに浮かんでいたのは怒りや嫌悪、否定の表情ばかり。領主に対する彼らの好感度はマイナス側に振り切れている。
先日は他の都市にいる日本人の情報が流れてきたが、それを彼らは「他の日本人は大丈夫でも、ここに居るお前らだけは信用できない」と言われたように感じ、より怒りの炎を燃やしていた。
もうグランフィストに迎合しようという雰囲気は無くなっている。
これはこの場にいない者にも共通する考えで、これは日本にいた頃で例えるなら「某犯罪国家と同じ国になろう」と言われるようなものか。つまり一般的な感性を持った日本人であればほぼ反対する事案となっているのである。
実際、彼らの扱いを見ればそう大きく間違っていない。
「俺達はこれを武器に、領主の権力基盤を崩しに行くぞ」
「「「はい!!」」」
相川らは、この魔導車を使いグランフィストと対立することを決定した。
別に戦闘行為で相手をどうにかするわけではない。
ただ、歴史を早めるだけである。
この世界は地球の近代に似ている。
つまり、そういう事である。




