幕間:プレイヤー
ギルド『北極星』が本格始動し始めた頃。
日本人たちの作った集落は、順調に拡張を進めていた。
江戸時代の長屋風の掘立小屋が立ち並び、それでも足りない住居の代わりにテントがたてられ、小川のほとりには畑が開かれている。
生産設備もあるので、鍛冶場では鋼を打つ音が聞こえ、一部では薬品生産や革加工の異臭が立ち込めていたりと、雑多ではあるが、人々が生活している活気がそこにはあった。
「小麦の畑、追加分まで完成ですー」
「お野菜の方はもう収穫できますよー」
「カエル狩り部隊、戻ったぜー! 今日は20以上見付かったから、皆に行き渡るはずだ」
「すみませーん、行商部隊ですけどー、荷物はどこに運びましょうー?」
「ちょっと、つまみ食いは駄目よ!」
「いいじゃん、ちょっとぐらいー」
あちこちで人の声が飛び交うが、その声はほとんど明るい物だ。望まず異世界に来てしまった者の持つ、暗さが無い。
それもそうだろう。そういった不適合者は、最初の一月を越える事無く消えていったのだから。
今、この集落にいる日本人は各々がジョブを中心に生産活動などに勤しんでおり、物が不足しがちな現状では力を合わせてやっていこうという前向きな空気が流れている。
「大将! とうとうバレたぞ!」
そんな生活の喧騒の中、1人の男が集落の中で一番しっかりした建物の中に駆け込んでいった。
「商人たちにやった『ジョブ』解放の件が、とうとうバレた!」
「ついにバレたか……」
駆け込んだ先にいたのは壮年の男。
この集落の代表者にして元『日本帰還互助会』の代表を務めていた『相川 慶治』という男だった。
「それで、門の衛兵達のジョブも開放されていたんだな」
「ああ。レベルの方は相変わらずっぽかったけど、ステータス確認で3ジョブまで見れるようになっていたのは間違いない。俺たちが関わった商人たちが日本人扱いされていたからな」
「原因は、あの少年だろうな」
「そうだ、あの人形男がやったんだろう」
慶治は主だった仲間を集めると、緊急会議を開いた。
議題は「領主側が3ジョブ構成について知った件について」である。
慶治たちは、早い段階でNPC達が1ジョブでいる事に気が付いた。プレイヤーのパーティに組み込むことでジョブが解放される事についても同様である。
彼らはその情報の有用性を商人に教える事で今の集落を維持しているのだ。もしもこのことを知らなければ、今の彼らは深刻な物資不足に陥ってグランフィストを襲撃するしかなかっただろう。
そして情報を秘匿するために、グランフィストにいた日本人をほぼ全員、集落に引き込んでいたのである。
こういった重要な情報の秘匿はどこでもやっている事である。秘密は漏れず、ジョブ解放をした商人たちはその恩恵を独占するためにまだ時間を稼げるはずだった。
情報が領主側に伝わっていない間は集落を街に替える事ができ、戦力を整えられると思っていた。
しかし情報が領主側に伝わってしまったため、商人は利益の独占が出来ず他と同等に扱っていいプレイヤーに有利な取引をする理由が無くなってしまった。まだ商人までジョブ解放の話が出回っている事は無いのだが、それも時間の問題なのである。
他の取引材料として、ゴーレムを使った馬車などが開発されているが、まだ実用段階ではなかった。
この結果は予想されていたモノではあったが、それでも彼らにとって一日でも遅く来てほしい流れだったのである。
「現在の食糧自給率は70%です。畑の拡張は終わりましたが、畑の半分はあと2ヶ月は収穫できません」
「狩猟部隊の数はもう増やせねーだろ。ダンジョン部隊を引き揚げさせるか?」
「いや、それは拙い。ストーンゴーレムやメイドサーヴァントを揃えられるかどうかは今後に大きく影響する。こちらは数で負けているのだから、数を補わないと押されて消されるぞ」
「あのなぁ、未来ってのは今を生き抜いた先にあるもんだろ。満足に飯を食えなきゃ、いずれジリ貧だっつーの」
「2ヶ月耐えれば済む話だろうが!」
「そもそも狩猟部隊をどれだけ増やせばいいんだ? 試算はどうなっている?」
「狩場の問題もあるな。獲物がいなければ人を増やしても意味は無いだろう」
「くそっ、ダンジョンで食糧が確保できれば……」
「備蓄はどうなっている? 商人からの購入が途絶えたとして、あとどれだけ耐えられる?」
領主側が3ジョブについて知ったため、今後の食糧購入の見通しが厳しくなった事を激しく議論する集落の要人たち。
語る内容はどちらかと言えば厳しく、悲観的な物が多く混じっている。
議長である慶治は意見が出揃うまで口を開かないことになっているので、意見が飛び交ううちは黙したままである。
「では慶治さん、そろそろまとめをお願いします」
が、他の参加者の意見が煮詰まればもういいだろうと彼も話し合いに参加をする。
否。
最終的な決定権を持つ彼の言葉は絶対であり、人を従える物。
ゆえに彼は話し合いをするのではなく、話し合いを終わらせるために決を下すのだ。
「では、今後の方針を決めよう――」
物語は進む。
主人公のいない場所でも。