ちょっとした冒険(前)
「ダンジョン上層のボスは、早ければ6時間ぐらいで出くわすことになる。だが、運が悪ければその倍はかかるな。
移動に何時間かける事になるか分からんが、飯や水の準備だけは怠るなよ? ああ、それと予備の武器も一つは持っておくように。『騎士』は楯の予備も必要か。荷物が増えるから必要な物だけを厳選するようにしろよ」
ダンジョン上層のボスを倒そうという話に、ガナードさんから具体的な注意事項を頂いた。
中ボスはたまに変わるが、基本は『ストーンゴーレム』、石でできた巨兵らしい。プラス、取り巻きが2~3体。
で、ハンマー系の武器を使った方がいいだとか、楯で攻撃を受けるのではなく受け流さないと死ぬだとか、立ち回りのレクチャーをしてもらっている。
残念ながら今のパーティには専属のヒーラーが居ないので回復に不安が残るが、これは治癒薬の上位版、『大治癒薬』を使う事で対処が可能。お値段が一個500Gとお高い事を考えなければ、お金を惜しまなければ生き残る事は出来るだろう。
神官? 神官なら回復魔法が使えるだろうって?
彼女は回復の得意な聖属性の魔法を使えるけど、アタッカーですよ。……アクティブの≪ディバインストライク≫特化って、誰特だよ。ダメージをくらう前に敵を倒すことを優先すべきだとか、前のめり過ぎるだろ、この神官。
そんな訳で、ミューズ嬢は回復魔法が使えません。
逆にアタッカーは豊富で、俺は直接攻撃手段に乏しいがティナやマリーを頼るし、桜花の火力はパーティ随一でストーンゴーレムとは相性がいい。ミューズ嬢も以下同文。ゴラオンはハンマーを持てば物理ダメージが期待できるし、スピカ嬢も魔法が少しは使えるようになったので火力不足にはならないだろう。
俺以外はまともなダメージリソースになるという訳だ。
本当に、短期決戦しかないなぁ。ゲーム的に言うならボスに火力を集中させて2ターン以内に撃破って所か。
余談ではあるが、俺も『魔封札』と呼ばれるアイテムを使えばアタッカーになれる。魔封札とは魔法を封じ込めたお札で、これを使えば覚えていない魔法を使う事ができる。
ただ、魔封札は消耗品のくせにMP消費タイプのアイテムなので、そんな事をするのにMPを使うくらいならティナたちに任せておいた方が効率が良かったりする。
大量のMP回復アイテムでもない限り、俺が魔封札を使う事はないだろう。
ボスと戦う前に、ある程度の肩慣らしは必要だ。
そんな訳で今、俺達はゴブリンの大群と戦っている。
「ほらほら! ゴラオンは集中力を切らさない! レッド君も攻撃のチャンスを窺う余裕があるなら防御に専念!
スピカ! 威力低めの魔法で敵を倒せるとか思わない!」
ガナードさんはこれもいい経験と、悪い点の指摘しかしてくれない。一緒に戦ってはくれないようだ。
俺は楯でゴブリンの攻撃を捌く。上手くゴブリンの体勢を崩せたので、足を払って転ばせておく。そこで少し後ろに下がれば後続のゴブリンが転んだのを踏み殺してくれるので、非常に楽だ。
だがその分だけ前線が下がってしまい、戦線が歪になる。
「レッド君! 倒せそうだからと色気を出すな! 戦線が崩れる!
数を減らす事と状況を好転させることは同じじゃないぞ!」
ゴブリンを倒しはしたが、ガナードさんに怒られる。
俺は失敗したなと内省しつつ、押された戦線を押し戻すことにした。
何があったかというと、小規模な群れを発見したのが始まりだった。
昔に見つけた『倉庫』のように、地下通路で扉を見つけ、扉の先に巣くっていたゴブリンのグループを発見した。その数、約30体。
その時は、始めは楽勝だと思った。
1対1で戦えば負ける要素が無いし、扉の前に陣取った場合は一度に相手をするのは2体ぐらいで済む。
1人あたりのノルマは6体とそこそこ数が多いが、桜花の範囲魔法もあるからなんとでもなるはずだった。
風向きが変わったのは半数以上を倒した後だ。
戦っているのとは別のゴブリンどもが現れたのだ。その数は20以上だったと思う。戦闘中なので正確な数は分からなかった。
最初の戦場は地下通路の扉の前だったが、奴らは通路の先から現れた。このままでは挟撃に遭うと言う事で、少し後退して地下通路で迎え撃つことにした。
地下通路の幅は8m、3人で戦えば十分にカバーできる幅だったので、後衛はちゃんと守れそうだったというのもある。
ゴブリン2グループが合流するけど、挟まれて戦うよりはマシだ。ノルマがきつくなったというか、桜花とミューズ嬢がMP切れになるなと、この時はまだ悲観していなかった。
そこにさらにゴブリンが追加され、さらに追加されと合計100体近いゴブリンを相手に戦う事になった。
血の臭いか仲間の悲鳴に誘われたのか、周囲のゴブリン全てが集まったかのようだ。
半数を潰した時点で桜花とミューズ嬢はMP切れ。戦線を離脱し、残る3人で並んで、必死に戦い続けた。
そして、戦線が崩壊した。




