幕間:三人目、黒衣の女
「いきなり殺されるとは思わんかった」
「それだけこちらを危険視したのでしょう。実際、こうやって生き返っていますから」
グランフィストから二日分、50㎞ほど離れた場所にて。
相川と老人はそこで生き返っていた。
グランフィストの衛兵たちは、まず殺さないように両手足を切り落とし目を潰して無力化を行った。
殺す前に状況を把握したかったのである。彼らが知っているのは、この二人が病気を流行らせたという事実だけだったからである。背後関係を調べないと存在するかもしれない黒幕を逃す事になるのだ。情報収集は大事である。
≪嘘発見≫というスキルもあるし、尋問の正確性は高い。
衛兵たちの行動は理に適っていると言えるだろう。
しかしこの二人は何も喋らず、そのまま殺された。
抵抗などはしなかったが、喋らない相手に延々と拷問を繰り返しても効率が悪い。麻薬を使って廃人にされた後、首を刎ねられた。
二人が生き返ったのは、聖属性魔法によるものではない。
プレイヤーには使えないGM専用の魔属性魔法、≪リアニメイト≫の効果である。
TCGの時は墓地にあるモンスターカードを再び場に出す効果であり、場で死んだことを回避する≪死者蘇生≫とは違った扱いを受けるが、より使い勝手が良いので使用条件が重い魔法でもあった。
この魔法は死んだ後に使われるので、これを他に使った者がいたという事だ。
つまり、相川らのグループは二人だけではなかった。
だからこそ、二人でグランフィストに行っていたのである。
戦力の逐次投入は下策と言われるが、敵地への戦力全投入はさらに下策なのである。状況にもよるが、何かあった時のリカバリー能力は残しておくのが基本だ。特に把握されていない戦力であれば尚更だ。
そんな残った戦力、黒衣の女は生き返った二人を馬鹿にしたような目で見る。
「で。戦果は? 殺されてまでした仕込みが不十分とか笑えないんだけど」
「うむ。不和の種を撒き、それが上手くまとまらぬように有耶無耶にしてやったわ」
「病気をばらまき、いろいろとストックを消費させたな。春先まで、病気や毒に対する抵抗力を削ってある」
上手く動かない身体を無視し、嗤いながら戦果を報告する二人。
二人の喋りは軽いが、相手を見下すようではない。それはこの三人が対等な関係である証拠と言えた。
「ちょっと。敵の戦力が削れてないんですけど? あれだけ時間をかけてロクに数を削れてないなんて。
はは、仲間が無能すぎて笑えない」
「そうは言っても、敵の重要戦力なんて生き返らせられて終わりじゃろ。要は相手が全力を出せない戦場を作る方が重要じゃと思わんか?」
「だから。雑魚でも数がいるとウザい訳。なんでアイテム削って終わりなのよ」
ただ、黒衣の女は男二人の戦果に顔をしかめる。
彼女の用意した病気を使えば、もっと大きな被害を出せるはずだったのだ。それが叶わなかった事に苛立ちを隠せない。
ちなみに彼女自身は悪魔系統特化の召喚士系ジョブ『魔王』、魔属性特化の魔術師系ジョブ『終焉の王』という、直接戦闘能力に乏しいジョブ構成をしている。
総合力で見れば弱くはないのだが、完全に火力不足で後方支援系の紙装甲である。
そんな彼女の一番の強みはこういったテロ行為だったのだが……本人が直接グランフィストに行けなかったために結果を出せなかったと不満を抱いているのだ。
もちろん、直接敵地に乗り込んだ男二人にも言い分はある。
「一般の兵ですら最低でもレベル10以上。平均は15を超えていたんじゃよ。病気で殺せる段階をとっくに越えておる」
「ああ。一般人を削る方で動くしかなかったんだ。戦う奴ばかりがいても都市運営にとって意味が無い。物を作る奴がいて、初めてそれを守る戦力に意味があるんだからな」
「それに、こちらの想像以上にグランフィストは手ごわい。ワシらだけでは手が回らんから、このままからめ手でジワジワとやるしかあるまいて」
この三人はレベル30で、これ以上の強さを得る事が出来ない。
カンストレベルとはいえ、それでもゲームシステム的な強さで言えばプレイヤーとあまり変わらない。特殊ジョブは規格外の力を与えるチートではないのだ。
つまり、表だって戦えば絶対に負ける事が確定している。敵対者であるグランフィストに出る被害もそう大きくはならないだろう。
「チッ。使えない男どもだこと」
その事が分かっているから、女も深くは追及しない。
笑えないと言いつつも、男たちを馬鹿にするような言動を取りつつも、だからと言って自分なら何とかできると大言壮語を吐くほど愚かではなかった。
「まぁ、いいわ」
ほぼ失敗となった搦め手の事は横に置き、女は即効性のある別の解決策を検討する。
「強大な組織とは言え、しょせんは人の組織よ。
だったら頭を押さえればいいわ」