悪意の芽
いつまでも休みにしていられない。
墓泥棒の件で少額とは言えない臨時収入を得たものの、いつまでも遊んでいられるほど俺の生活資金は潤沢ではない。
真面目に働く必要がある。
いつもの時間、いつものようにダンジョンへ向かう。
道中、顔見知りの冒険者から心配されたので、今日はリハビリだけだからと言って安心させる。
実際、メンバーが一気に減ったので以前のように戦う事は出来ないから、あながち間違ってはいない。
ダンジョンの前につくと、見知らぬ冒険者たちから嫌な視線をぶつけられた。
「桜花、急ごう」
「はい」
その様子に嫌なものを感じたので、急いでダンジョンへと入ろうとした。ダンジョンの入り口をくぐってしまえばランダム転移で追いかけられることもなくなる。俺は桜花の手を取り、駆け足で入口を目指した。
だが、その目論見はあっさり阻まれる事になる。
「ちょっとツラ貸せよ、クソガキ」
いかにもガラの悪そうな男に腕を掴まれた。
そうすると、他の冒険者も俺たちを囲むように動く。
「俺が、アンタらの為に時間を使う理由が無い」
「テメェに無くとも、こっちにゃ引けねぇワケがあるんだよ」
腕を振りほどこうにも、相手の腕力が強くてびくともしない。
「きゃあっ! 何をするんですか!!」
すでに男達の包囲網が完成している。腕をつかむ男を睨みつけるも、その間に桜花を捕まえられてしまった。
ティナを召喚してどうにかできるか?
強行突破を考えるが、それが上手くいくかは半々だろう。少なくとも、目の前の男に相当なダメージを与える必要があるが、なんとなく上手くいかない気がする。
周囲に視線をやりながら、腰に差したダガーで男の手首を切り落とすイメージをする。
視線も動きも注意して、不意を突けるかどうかを考えるが、相手の方が早く動き、俺を制圧する気がした。いや、その前に他の冒険者に動きを止められ、ダガーを抜いたことを理由に、一方的に悪者にされるだろうか。
ならば相手の指を掴み、そのままへし折ってやろう。そしてティナを召喚して脱出だ。
このままこうしていても埒が明かない。失敗する可能性が高くても、動くべきだ。
なに、いくら囲っているとはいえ、衆人環視の中で殺されはしないだろう。
「貴様ら! 何をしている!!」
「部外者は引っ込んでいろ!!」
と、俺が動こうとする直前に、野太い男の声が割って入った。
まわりの壁になっていた冒険者がその声の持ち主を止めようとするが、声の主の方が強いのだろう。あっという間に俺の所までたどり着いた。
「大の大人が幼気な子供に集団で乱暴狼藉とは! 恥を知れ、俗物!!」
「いてぇっ!!」
現れた御仁は俺の腕を掴む男に問答無用の一撃を入れる。また、羽交い絞めにされていた桜花を助けると、俺の方を覗き込んだ。
男は肘を強く殴られ俺の近くでうずくまっていたが、邪魔とばかりに蹴り飛ばされた。
「大丈夫だったか、坊主?」
「ええ。ご助力、感謝します」
「いいって事よ。顔見知りの子供が困っていたら、出来る範囲で手を貸してやるのがいい大人ってものさ」
助けてくれたこの御仁、よく見れば同じ宿の客であった。
40過ぎの、渋く格好いいオジサマである。
突撃してきたのはこの人だけだが、少し離れた所にその仲間らしき人たちの姿も見える。
俺は助けてもらったお礼を言い、深く頭を下げる。
この“いい大人”代表は俺の頭をくしゃくしゃと撫でると、仲間たちの方へと去っていった。
うん、本当にいい人たちだな。
そのあとすぐに衛兵が駆け付け、俺を囲んでいた連中をそのまま連れて行った。
俺達に対し事情を聞かずとも十分な情報が周囲から得られたようで、10分もかからず事情聴取は終わった。
結局、なんだったんだろう?
普段よりもずいぶん遅くなってしまったが、俺は何事も無かったようにダンジョンに向かった。
稼がないと、そのうちご飯が食べられなくなるのだ。
時間のロスは痛かったが肉体的魔力的なダメージは無いし、どうでもいい事件よりダンジョン探索の方がよっぽど重要だった。