幕間:災厄の男
相川にとって、戦う事は日本に帰る為の手段でしかなかった。日本に帰り、妻と子に会いたかった。
その願いを叶えるためなら屍山血河を築く事も厭わぬ覚悟があった。
だが、その願いは叶わなかった。
そして、狂った。
狂気は誰彼構わぬ殺意となって戦場の狂気と合わさり、文字通りの屍山血河を築くに至った。
いや、彼は殺戮劇など望んではいなかった。
ただ、幸せになりたかった。
家族とささやかな幸せを分かち合いたかっただけなのである。その望みを奪われて絶望し慟哭したとて、誰に責められようか。
彼には文字通りの絶望しか残っていなかったのである。
ならばその狂気は、殺戮劇は、おぜん立てした誰かがいたという事である。
望みという糸が切れ、動く事が無くなり人形となった相川を操る者がいるのだ。
その者は王国に戦乱を招いた者であり、4大都市のうち3つの都市で無謀な独立を演出した、悪魔のような男であった。
相川は火の都よりさらに南、砂漠の蛮族が住むオアシスを1つ1つ潰して回っていた。
幸いな事に相川はオアシスを干上がらせるような能力は持っていない。出来る事はその高いステータスで走り回り、敵を切り伏せる事だけだ。
相川のレベルは高く英雄級の能力を持っているのだが、だからと言って人の範疇を逸脱したわけではない。
近接職の嗜みとして高速移動を可能にするスキルを持ってはいたが、MPを考えると連続使用は効率が悪く、普通に走り回って目につく人間を切り伏せるだけになる。
砂漠の民もそこに逃げ込んだ日本人も、全力で抵抗はする。逃げるために生き延びるために、その全てを振り絞って生きる可能性を掴みとろうとする。
さすがの相川も一人であれば多くの的を逃しただろう。
だが、相川には協力者がいて、彼がいる限り的となった彼らに逃げる術は無かった。
「『ゴーレム包囲隊』、前に!!」
「一点突破だ! 弓と魔法を集中させろ!!」
「≪リペア・ゴーレム≫!」
『人形遣い』系統のレベル10、魔法生物の内、無数のゴーレムを軍として機能させる『無貌軍師』。そのスキルは100以上のゴーレムを操る事を可能にする。
なお、『無貌軍師』はプレイヤーの選択できない、GM専用のジョブである。
『ゴーレム包囲隊』は≪移動阻害≫の部隊専用スキルを与えられた10体のゴーレム部隊である。
近くに寄れば移動速度が急激に落ちるので、遠距離攻撃を集中させて2体ほど倒すのがセオリーである。『~~隊』の名を与えられたゴーレム部隊は、2体以上の損失で部隊専用スキルの効果が消える。
砂漠の民の選択は間違っていない。
しかしだ。ゴーレムの数体に攻撃を集中させるのは間違っていないが、最善ではない。
可能なら、たとえ不可能でも、無理矢理にゴーレムを操る男を狙うのが正解であった。
ゴーレムにダメージは通るが、すぐさま修復されてしまう。
「奴の魔力は有限だ! ゴーレムの修復はいつまでも出来ん!!」
「カカカ。儂のMPが尽きる前に、貴様らの命が尽きるわ」
「うわぁぁっ!? 来るなぁぁっ!!」
そしてゴーレム相手に時間を稼がれてしまうと、相川が切り込んでくる。遠距離攻撃職を守ろうにも、前門のゴーレム後門の相川となると、戦力が足りない。挟み撃ちに遭ってすり潰されるばかりである。
砂漠の民が全滅すると、相川は休憩し、男が戦利品を漁る。
「ふむ……。おお、あったあった!」
男が探していたのは、王国の秘宝の一つ。独立派の日本人が奪った物の一つである。
王国も気が付いていなかったが、いくつかの秘宝はダミーに交換されており、本物を彼らが確保していたのである。
お目当てをすべて回収し終えた男は、相川を回収すると砂漠を後にする。
「あとはグランフィストをどうにかするだけじゃが。厄介な小僧がおったの。
さて、どうやろうか」
グランフィストに災厄が訪れるまで、あと少し。




