逃亡の大臣
俺はかなり大きな槍を手にしてティナの背に乗り、大臣の屋敷の、はるか上空に移動した。
今日はありがたい事に晴れており、雨を気にする必要はない。
「ティナ、頼む」
「分かったー」
俺の頼みに、少し間延びしたティナの声。
そして景色は一気に大地へと近付く。
「いけっ!!」
やる事は至って単純。
高高度から運動エネルギーと位置エネルギーを十分に乗せた槍の投擲をするだけである。
上空1㎞から地上200mまで自発的な落下を行い、そのまま槍を投げた。
十分な加速時間を得るために螺旋軌道で降下したが、投擲する先を予め伝えてあったため、目標に向かって投げるのは容易だ。
目標は大臣の寝室や執務室ではなく、地下室のあったあたりである。俺の勘というか、ゲームのお約束がそこを狙えと言っていた。
地上100mのところでティナが身を翻して大臣邸を背にした俺の耳に、轟音が届く。
使った槍は特注品で、重さにして30㎏ほど。
普通の槍は馬上槍ですらその半分の重さも無い。
重量とは武器の威力の大半を占める最大要素であり、ならばあの特注品がどれほどの威力だったかは聞こえた轟音が教えてくれる。
今夜の騒動はここまで。奴らは眠れぬ夜を過ごすだろう。
俺はさっさと寝ますかね。
翌朝になると、さすがに王都も騒がしくなった。
昨日までは誘拐事件などが大臣の情報規制により完全に隠蔽されていたが、俺の一撃はそんなチャチな行動では隠しきれない事件であったからだ。
深夜の轟音に駆けつけた衛兵らは大臣の屋敷に開けられた大穴とその先にあるモノを見た。
大臣が屋敷の地下で日本人の“調整”をしていた施設を、である。
俺が臭いと睨んだあの地下室には、お約束通りに違法な牢屋と調教施設があった。
大臣はそこで日本人を自分の私兵として教育していたというのだ。
ただ、その過半数はすでに死亡しており、その中の数人は俺の一撃による被害者であった。ちょっとどころでなくかなりへこむ話である。
できるだけ死者は出さない方向で計画を立案したつもりだが、相手が亀のように守りを固めるとどうしても思う通りにはいかない。表面上だけでも「しょうがない」と割り切っておこう。
俺が数人殺してしまったが、それでも捉えられていた人々が十数人は生き残っており、これまであった事をそれぞれ証言していた。
いきなり全員を強化するのではなく、何人かを訓練で強化してから殺し合わせてその生き残りを使う方式を取っていたという。蟲毒のような方法には嫌悪感を抱く。
減った人員はどこかから補充され、今いる者はここ数ヶ月の間に集められたという。
また、王国に内緒でジョブ解放用の人員を確保していたりと、国が見逃せない行為にも手を染めていたようだ。これだけでも大臣は完全に犯罪者に堕ちている。日本人のジョブ解放は王国の管理下にあり、今では勝手にジョブ解放しないようにと言われているからだ。
俺の場合は領主の許可を得てやっているので大丈夫だが、他の連中は王国の役職持ち以外だと基本的にはアウトである。応用的には騙されていた時とか、一部の不可抗力によるものとか。杓子定規に構えられている訳では無いが、それでも制限されているのが現状である。
内密に戦力を整えていた以上、反逆行為であるとみなされた大臣は指名手配されてしまった。
これについては完全に誤算である。
俺としては大騒ぎにして、娘が攫われたことを公にしたかっただけなのだが。
そうやって犯罪行為が発覚した為に大臣は逃亡し、姿を消した。
前半戦は普通のシティアドベンチャーだったはずが、力押しをしたからか、追走劇に切り替わった。
逃げた、と言う事はその後の再起が可能な状況かもしれない。
この状況なら表だって俺が協力しても問題は無いだろうし、エンデュミオン氏を通じて協力する許可を取ろう。
だけど、娘たちはどうするかな? 予定通りちゃんと衛兵が回収してくれると助かるんだけど。
俺はこれ以上、関わる気が無いんだよね。