元・英雄のエンデュミオン
王国の英雄、エンデュミオン氏は武力特化である。
つまり、脳筋だ。
彼は考える事をせず、わりと直感に従って生きている。
普通の人間は、実戦に次ぐ実戦の日々とはいえ、二年三年で英雄の世界に足を踏み入れたりしない。
昔は王国最強の武人であったが、今では最強の座を相川に持っていかれた挙句、先の戦争でそこまで戦果を挙げられなかったためにその価値は暴落している。
日本人がオカシイのと、ダンジョンの経験値効率が異常なのだ。
その結果、かつての栄光を妬む者により将軍職を追われている。貴族籍こそ残っているものの、役職無しのなんちゃって貴族にジョブチェンジしてしまった。
暇を持て余した彼だが、それでも現地産の武人としては最強なのは間違いない。
王都にいるようにと厳命されていて、今は動くに動けない。本当であればダンジョンに行って自信を鍛えたいのだが、そうもいかない。エンデュミオン氏の復権を恐れた反対勢力の妨害にあっているのだ。
愚かで賢しい人間と言うのは、身内の足を引っ張るものなのである。
「ご無沙汰しています」
「久しぶりである!! 貴公は王都の者ではないが故、普段会えぬのは仕方が無いな!!」
エンデュミオン氏は相変わらずの筋肉男で、数ヶ月ぶりに顔を見せた俺に対し裏表のない笑顔を見せた。
「――フム。話を聞く限り、我が輩には手を貸せる事がない。
屋敷を宿代わりにするのは構わんが、それぐらいであるな」
「あと、簡単な戦闘訓練に付き合ってもらえますか? 体を鈍らせたくないので」
「それはこちらからお願いしたいほどだな! 今すぐでも構わんぞ!!」
今回、貴族の協力者が欲しかったので、エンデュミオン氏を巻き込むことにした。
ただ、エンデュミオン氏はごく普通かどうかは知らないけど、王国の貴族である。心情的には俺に味方したいところであったが、しがらみその他で何もできないと言い切った。
復讐や報復には手を貸さないと言うが、生活の面倒をみるぐらいはしてくれるようだ。
「しかし、レッドよ。貴公は貴族を畏れておらんのか?」
「まったく、無いね」
エンデュミオン氏の所で夕飯をご馳走になる。
彼は将軍職を辞したとはいえ、それでも数年は遊んで暮らせるだけの貯蓄があった。おかげで食べるご飯が割とうまい。
「貴族だから敬う、畏れるんじゃないよ。気にすべきはその功績や能力だけ。
血筋なんて一〇〇年二〇〇年さかのぼれば、どっかに庶民が混じっていても不思議はないんだよ。
だったら血統なんて最初から気にしない方がいい。
ま、表面上はしっかりやるし頭を垂れるぐらいはしてもいいけど」
個人的な持論だが、聞かれたので身分についての考えを教える。
この世界で生きる連中にはありえない発想だろうけど、それは気にする事では無い。他人の主義主張を一々間違っているだのなんだの、言う必要など無いのだ。
「レッドは貴族に向いていないな」
「褒め言葉として受け取っておくよ
まぁ、貴族なんてなりたいわけでもないし、適当に寿命を全うするよ。」
「違いない。貴族なんて厄介事や制限の方が多いからな」
今のやり取り、裏を返せば「貴族相手に喧嘩を売るとは正気か?」と聞かれたので「貴族相手だろうと舐められたら終わりだろ」と返したようなものである。
エンデュミオン氏は、俺の中では完璧に脳筋であるから、こんなやり取りはしていないと思っていいはずだが。
意外とこの人も貴族の流儀に慣れているのかな?




