ジャニスの失言
「駄目に決まっているでしょう。
レッドさん、あなたはギルドマスターなんですよ。もっと自覚を持ってください」
内々の話がある程度形になったので、ギルドの仲間を何人か連れてジャニスのところに話を持って行った。
が、やっぱりダメだと言われる。
「あまり大きい声では言えませんが、グランフィストでも日本人に対する心象は最悪です。そんな中でもレッドさんだけは初期から頑張っていた事もあり大丈夫ですが、そのせいで他の日本人から敵視されているんですよ。
レッドさんはヤマト村に何度か足を運んでいるので分かってもらえると思いますが、今のレッドさんは迂闊に街の外に出られらない状況なんです。
もしもダンジョンが入ったパーティごとに分かれていなかったら、そこで襲撃されていたでしょうね。いえ、実際に襲われたという話も聞いています。それを考えれば危険性はご理解いただけると思っておりますが」
ジャニスの言葉はあくまで俺を心配するものだ。そこにグランフィストの損益を入れないのは気遣いなどではなく打算だろう。色眼鏡かもしれないが、どことなく腹黒いものを感じてしまう。
相手の言い分もこちらにとっては簡単に受け入れられない話なので、まずは相手の言葉を切り崩す事から始めようか。
「冒険者ギルドについては、仲間たちとの話し合いを経て全体からの承認を得た上で動いています。よって、ギルドにとって大きな不利益となる可能性は無いと考えています。
また、私一人がギルドを支え、そこで必要不可欠な存在となる事は将来的な禍根になるでしょう。可能なら冒険者ギルドの門戸をヤマト村や他の都市の冒険者たちにも開き、相互発展の関係を構築したいと考えています。
現状、日本人が迫害されかねないほど危機的状況にある中では我が身の安全の為にも一時避難として東方に赴くことは下策ではないと思っていますし、また、私がいない状況を作り出すことで新しい展望を見据える目も出てくるのではないでしょうか」
俺を気遣う言葉に対し、俺はギルドの利益や損失を中心に話を組み立てた。
俺自身、死ぬ気は無いので自衛は当たり前とも考えているし、その為にもなるとは言っておく。
ただ、話の主眼をギルドに持って行くことで俺がグランフィストから出て行く可能性から目を逸らしておく。あくまでギルドの事が主題となるように議論が進むようにしたいのだ。
「それでもやはり、許可は出せません。
レッドさんは自身の価値を低く見積もっておられるようですが、貴方の価値はこのグランフィストにとって大きなものなのです。それを数ヶ月、下手をすれば一年も余所に送り出すのは到底看過できません。
それに、安全への見積もりが甘すぎます。ヤマト村の連中のレベルは、一部ではありますが貴方達よりも高い。ここ数ヶ月でどれほど差が縮まったかは分かりませんが、そう簡単に追いつけるものでもないのでしょう? 戦力的な不安を払拭できない以上、肯くことはできませんよ」
よし!
失言一つをゲット!!
簡単に追いつけない?
違うね。それは相手がちゃんと鍛え続けていればこそ、だ。
最近のヤマト村の連中はダンジョンに行くよりもその他の仕事で稼げるようになってしまったからか、以前ほどダンジョンには行っていない。
それを考えれば戦力差はかなり縮まっていて、俺たちもそろそろ4層をクリアしようかと話し合えるほどである。
つまり、パーティ単位で考えるなら戦力差はもうほとんど無いはずだ。
それに俺のスピードに付いて行ける奴の方が少ない。
今の俺はグランフィスト最速であり、対抗できそうな移動手段はダンジョン攻略でも使っているソラカナぐらいだ。あれなら“見失わずにいるぐらいは”可能だろう。
ティナの背に乗って超高速移動をすれば襲われる可能性はほぼ無いだろう。懸念されるのは待ち伏せぐらいだが、それも上手く逃げ切る自信がある。
「そうですか。今、この場での説得は無理そうですね。
今度はちゃんと納得していただけるように材料を用意しておきます」
「いえ、諦めてくださいよ」
「それはできません」
ジャニスから失言を一つとった事で俺の機嫌は良い。
そして失言したと気が付いたジャニスは苦虫を噛み潰したようである。盛大に表情を崩す事はしていないが、少しの間だけ僅かに口の端が引きつった。
きっと出来ないと思っていたんだろうけど戦力差を覆すだけなら意外と手段はあるし、納得させる材料に心当たりがあるのだろう。たぶんそれは正解だ。
では、俺は俺で経験値稼ぎ、ブートキャンプをしますかね。
数は力とも言うし、数字という分かりやすい戦力で納得してもらう為にも。