根回し
芙蓉の姫様は体重削減のために食事制限と散歩から始めることになった。
このダイエット道の坂道を、一歩ずつ歩き出すというのだ。
無論、俺はその決意にエールを送るが、手を貸す事は無い。
こういった努力に俺のような男が付き従うというのは何かと外聞が悪いのだ。
女性と変に距離を詰めると、未来の嫁さんが怒るのである。
無関係な誰かならともかく、婚約者にこんな事で怒られるのは俺としては避けたいのだ。
お姫様の事情は横に置き、俺は東方行きの件をジャニスに話してみる事にした。
もしも駄目だった場合は密航者を探す事になるけれど、それなら俺が東方に行きたいと言って強攻策をとろうという姿を見せるのがブラフになるのではないかと考えての行動だ。
どちらが成功してもいいので、そのあたりは並行して進めることになる。
なお、俺が東方に行こうとしていることはギルド内の有力クランに通達済みである。
俺がいなくなる前に残る全員のジョブ解放さえ済ませておけば特に大きな混乱は起きないようなので、みんなは表面上だけかもしれないけど文句なく送り出してくれるようだ。
ただ、ちょっとだけ気になった事があるので確認しておくことにした。
「もしも俺が戻らなかった場合はどうする?
それと、新しい統治っていうか体制が上手くいったとしたら、俺は不要になるかな? 戻らなくても大丈夫か?」
「いや、そんな事はありませんよ。
今のままであれば構いませんが、その後を考えればあなたがギルドマスターであった方が都合がいいのは明白です。
なぜなら、今いるメンバーを全員ジョブ解放したとして、その後に入ってくる新人はどうなりますか? 我々は今を支える事は出来ますが、未来永劫支え続けられるわけではありません。私の、戦士としての寿命はあと10年が限界でしょう。バランも同じです。
我々が引退した後、次の若手が育つ環境が必要です。その時にあなたがいてくれないと困ります」
「ギルドマスターでいる必要はねぇと思うかもしれねぇが、むしろギルドマスター以外にそんな事が出来る奴がいる方が問題なんだよ。
よーく考えてみな。俺たちはともかく、他のクランのリーダーがギルドマスターになったとするだろ。そんな時にお前が下についてジョブ解放してたとするよな。
新しいギルマスはお前を信用しきれるか? お前の意向に逆らえるか? もしもお前がそっぽを向いたらジョブ解放できなくなるって状況に、安心できるか?
お前はギルドの根っこなんだよ。ヤマト村の連中がもっと俺らに歩み寄ってりゃ話は違うが、替りのいない奴っていうのはどうしてもそうなるんだよ」
俺が気になったのは、俺がいらない子になるんじゃないかという話だ。
だが、それは杞憂らしい。「今だけは」と弱気になりそうだが、それでも俺は必要とされているようだ。ちょっと嬉しい。
ただ、懸念が完全に払拭されたわけではない。
会社組織にもある話だが、体制というのはコロコロ変えるべきではないからだ。
短期における不要な複数回の体制変更が社内に混乱を巻き起こし、仕事が滞った事があった。あの時は部長が不祥事を起こして一時的に他部所の部長が俺たちの上司を兼務し、しばらくして別の人が新部長として正式に辞令を受けた。
部長職というのは部署全体の方針を決める立場で、どういった方針で仕事を進めるかというのがかなり大きな問題になったのだ。最初の部長の指示に従って動いていたら、仮の部長はそれを駄目だと言いだしてやり直しが発生し、新部長はローリスクローリターンだがいつもの仕事をミスなく堅実にやっていくという仕事の方針を大幅に変えて新規事業への参入を進めて新しい仕事を一気に増やした。
あの時は仕事量がシャレにならないほど増加し、社員が何人も辞める事態に発展し、他から人を借りて乗り切るという異例の大騒動であった。
俺だって人を借りても厳しく、むしろ素人を使わねばならない事でより仕事が増大して、毎日深夜残業という状態だった。
俺の一時離脱とその後の復帰について言えば、それと同じような結果をもたらしかねない危険性がある。
そうなれば俺やジョン、バランといった面々が下の信頼を失い、ギルドが分解する恐れがある。
それはギルドの創始者にして現ギルドマスターの俺にとってうれしくない展開だ。到底許容できる話ではない。
そういった危険性が付きまとうのは旧ギルドのマスター交替を経験しているジョンやバランも分かってくれるので、問題が起きないようにしっかりと話し合っておく。
問題が起きるとしたら、やはりコミュニケーション不足が最大の原因だ。
俺たちは時に杯を交わしつつ、何度も打ち合わせを行うのだった。




