大人として認める事
俺は現代知識で肥満に関する危険性を懇々と説明し、この芙蓉姫がどれだけ危険な状態なのかを護衛も含めて納得させるに至った。
美人薄命という言葉があるが、彼女らには肥満だったからこそ寿命が短いのだと伝えたのだ。
そうやって説明してみれば彼女たちは同じように肥満体質だった姫の親類縁者の話を思い出し、俺の言葉に真実味が増した。異世界でも地球世界と同じように肥満はやはり危険な事だったようである。
特に男性陣は太る事によるハゲの加速など、わりと致命的な問題であったようだ。戦働きをしていた彼らが第一線を退いた後に太るという事はよくあることで、そこは運動部を引退した社会人のようであった。
太る事での見栄を取るか。
痩せて健康を得るか。
こういった事は若いうちにやっておかないと、若いうちに太ったままの人が歳をとってから痩せるというのはかなり難しいので、早めに動く必要がある。
この二者択一の選択に時間制限はないが、時間が経てば難易度が上がるというのも間違いないわけで。
芙蓉姫には厳しい話となるだろう。
「決めた。妾は、必ずや痩せてみせよう」
ショックを受けて固まっていた芙蓉姫だが、再起動するとすぐにダイエットの道を選んだようだ。
「この身はこれより先も旅の下、病に倒れるなどあってはならぬ。
もともとは太らねば富貴を証明できぬと苦行の果てに身に付けたこの肉、そぎ落とす事に何の躊躇いも無いわ」
その理由は健康管理不十分でみんなに迷惑をかけるのを嫌がった結果か。
ある程度以上の合理性が無ければできない判断で、それがこの若さで出来るならこの子は将来大物になれるかもしれない。
痩せれば国元で笑われるようになるけど、旅先では太っている事で笑われる。
王国ではそこのあたりも西洋風で、若い貴族の娘はコルセットなどで腰回りをどれだけ捕捉できるかを競うのだ。グランフィストならこの姫様は異国の珍獣扱いされても不思議ではない。
付け加えるなら、胸や尻の大きさが足りないのはロクに食べさせていないと嘲笑の対象になり、ただ細いだけではいけないというのがこの問題の難しさである。病的に細い貴族娘も論外なのだ。
そして、つい、そのあたりの事情と本音が漏れた。
「そうですね。それにグランフィストでは「髪は長く艶やかに、肌は雪のように白く滑らかで、腰は細く胸と尻は大きく」が美女の基準になりますから。外交の面でもその方が有利でしょうね」
言葉を反すと、「今の見た目では美しいと思われてないよ。むしろ笑われてるよ」である。
たぶん、その事は護衛の人たちなどグランフィストが初めてではない連中なら把握していると思うが。姫様に直接言った奴はいなかったのだろう。姫様は愕然とした表情を浮かべた。
太ってしまえば体脂肪の関係で吹出物も増える訳で、肌が荒れやすくなるのだ。それに髪も痛む。
彼女の場合は髪の長さと肌の白さは及第点だがその他がアウト。胸や尻は知らないが、顔の丸さを見るに腰回りは絶望的。髪も油で誤魔化しているだけで艶が足りないようだし、肌も荒れ気味だ。スキンケアが足りていない。
美少女と言うには、かなり無理がある。
「そ……それは、妾が、妾が、美しくないと? 豚のごときこの身は、魅力足り得ないと?」
「この国で求婚されることは、まず無いでしょう」
韓国では豚は綺麗好きで富の象徴であることから、「豚のよう」は昔なら褒め言葉だったらしいね。今は知らないけど。
こっちの東方もそんな感じか。向こうに行くとなると、文化の違いをできるだけ把握しておかないと拙い。変なもめ事を起こしそうだ。
逆にこちらの文化について無知なお姫様に、学ぶ機会を与えられなかったお姫様に、同じ異邦人である俺の方から伝えられる情報を伝えてあげないとな。
変に気を使い、愛でるだけのお人形さんや空を知らない籠の鳥にしては可哀想である。彼女にとって有益であるように、俺が教えられることは教えていこう。
対等で誠実な人間関係は、相手を一個人として認める事から始まる。
小学校低学年の子に正しい性教育を教える様な、幼子にそういった対応をするのは間違いだと思うが、この姫さんならきっと大丈夫じゃないかな。