東方の商人③
商談において、あまり上手くない手法がある。
それは、「最初に自分の要求を提示する事」である。
これをやってしまった場合、相手はその条件を呑むまでに多くの要求を行い、譲歩を強い、より有利に行動できるようになるからだ。
だから自分の要求は相手に伝わらないように別の要求を出しつつ、交渉の最中に潜り込ませるのが美味い手だと言われている。
残念ながら、俺はそういった手法を上手く使いこなせるタイプではない。
知っていても実践できないタイプの知識である。
よってこの手法を逆手に使い、本命が別の所にあると思わせる作戦で話を進めようと思う。
「なに、簡単なお話です。
連れて行く者が『刀匠』に成れるかどうか分からない。そのような賭けに一年も二年も若者の時間を使わせるのは勿体無いと思いませんか?
ですので、現地にどなたか人を派遣して頂き、その場で“目”があるかどうかを確かめて頂きたいのですよ。
この条件を呑んでいただけるのであれば、そうですな、最低でも五人の『刀匠』候補をグランフィストに送ると約束しましょう」
あれ?
そこまで難しくない条件を出された?
正直なところ、グランフィストだけでなく王国全土で日本人は厄介者の象徴のように扱われ出している。グランフィストでは、俺がネガティブキャンペーンのごとく奴らが暴れ出しそうな雰囲気であると周囲に広めてしまったので、やっぱり彼らは厄介者である。
よってヤマト村の連中をグランフィストから追放すると、何気に都合がよろしい。彼らの持つ技術は惜しいが、前例を作ってくれたので真似することも不可能ではないだろう、たぶん。
ヤマト村の彼らも嫌っている相手の顔を近くで見続けるより、心機一転、新天地に行った方がいいだろう。それに、米の飯が毎日食える事、向こうにも日本人が冒険者として活動している事も考えれば、そこまで悪い話ではないと思う。
つまり、いろんなところの利害は一致している。
俺に一切の損が無いのも素晴らしい。
これは前向きに検討すべきだろう。
ヤマト村の連中がどういう反応を示すか分からないが、わりと肯定的な反応が返ってくるんじゃなかろうか。
相手の顔色を窺えば、やや緊張した面持ちである。
百戦錬磨の商人が感情を表に出すなんてことは無いだろうしたぶんワザとだろうが、あえて値を釣り上げたりする必要も無い。
こちらの情報を与える理由も無いが、素直に受け入れるべき話だろう。
「送り込む人員との交渉が必要になるので、この場でお返事するのは難しい案件ですね。
ですが、私自身は前向きに話を進めたいと考えています。
そちらの旅程は王都に行って、再びグランフィストまで戻ってくる事になりますが、その時までに良い返事を返せるように最大限の努力をしたいと思います」
「おお! それは嬉しいお言葉ですな!」
普通の商人同士で行う商談であればここから丁々発止の交渉が始まるところなんだろうけど、俺は素人である。どこでボロが出るか分からないので、話が早く終わるに越した事はない。
兵衛の爺さんは俺の言葉に驚き、こちらの手を取って喜びをあらわにした。
握った手の感触が意外と武人っぽいのに違和感を感じたが、そこは突っ込むべきではないだろう。
こちらにとってより利益の大きな交渉であったから、俺も笑顔で応じておく。
その後は約束を文面に残し、再会を約束して別れる事となった。
あとで王都で日本人の現状を知ったら怒られそうな気もするが、そこは今は考えないようにしておこう。




