東方の商人②
「ま、契約内容も知らずに名を書く馬鹿はおりませんよな」
「そう言って頂けると助かります」
俺の発言に対し、東方の商人『越後屋』の兵衛は笑って返してくれた。
このこの爺さん、ジョブの名前や見た目は悪代官としか言いようがないのだが、中身はまともなようで助かったよ。こちらも表面上は笑顔でいられた。
俺は商談がご破算にならないようだと、かいていた冷や汗を引っ込めると、内心で安堵の息を吐いた
ジャニスとの話が終わると、いきなり東方の商人との面会となった。
俺としては、領内での商談に直接加わる気は無い。王都で売られた物を転売してもらうだけで十分なのである。
それでもこうやって直接会おうというのは、弾蔵の刀の件である。
刀の安定供給のため、東方から刀鍛冶の出来る人間を引っ張れないかと思っているのだ。
刀鍛冶だが、俺の中途半端知識でもそこそこ形にはなっている。
『鍛冶師』ジョブの連中が優秀なので、見た目と性能をある程度再現することに成功してくれたのだ。
だが、しかしなのだ。
できた刀の性能に関して言えば、駄作もいい所。弾蔵が持ち込んだ刀と比べれば『低品質な模造刀』という評価が正しい。
これならば見た目だけ刀を模した剣を作らせた方がマシではないかと思うほどだ。
経験の蓄積が全くないため、ここからまともな刀を作ろうと思った場合、あと10年はかかるだろうというのが鍛冶師たちの「楽観的な」見立てである。
悲観的な方については100年レベルである。
俺は刀の波紋が金属を何層にも畳んで作ってできた物である事を知っているし、焼き入れなどに関する基礎知識だけはある。
しかし、実際にやってことがあるはずもなく、焼き入れに使う水の温度などが実際にどれくらいなのかも知らない。
スキルによる補正と中途半端なチート知識でそれなりにやるべき事は分かっていても、100年200年かけて蓄積すべき知識全てをカバーできる訳では無いのである。
こうやって自力で作るのが運任せになってしまうと、どうしても東方の刀を入手したいと思うのが俺である。
いや、入手するのは『刀匠』、製作者なわけなんだがな。
無論、刀匠をそのまま連れて来れると思うほど楽観視している訳では無く、『刀匠』ジョブを持っていない、ただの戦闘職持ちを引き抜くつもりだ。
優秀な刀匠であれば領主が引き抜きに応じるはずが無いので、低レベルで刀匠の一族という出自の誰かを複数連れて来れないかという相談である。細かい所は運任せになるが、やってやれない事はない。
俺の申し出は色々と問題があり、受け入れられない可能性が高い。
が、それでも早く安定して刀が欲しければ、これが最善手である。
「ふむ。こちらに一つ、利益を提供して頂けるなら、それも叶いますでしょうな」
俺の要求に、兵衛の爺さんは笑顔を見せた。