東方の商人①
イルの大怪我から、少し時間が経った。
イルの怪我そのものはララが回復魔法を使ってすぐに治したおかげもあって、傷痕一つ残らずに済んだ。
ただ、髪の毛はどうなろうと怪我のうちに含まれないという悲しい事実が判明。
イルは一時的に坊主頭のような状態になり、今はカツラで誤魔化してはいるが、あと一月か二月は髪の毛関連に触れてはいけない状態となった。元は肩よりも先まで伸びていたので、そこまで伸びるのにどれくらいの時間がかかるのだろうか? 半年か1年か。とても先は長い。
育毛剤と言うか、髪の毛が早く伸びる様な魔法の薬の開発が待たれるところである。
……あまり大っぴらに研究するとイルが泣くので、ギルド内ではなく外の錬金術関係のギルドを一つ買収――雇用契約を結んで、協力を依頼しておいた。
新薬研究は錬金術系のギルドとしてはごく当たり前のお仕事なので、研究資金が手に入ったと喜んでいた。
髪の毛の話は横に置き、グランフィストは年に一回の東方交易で賑わっている。
米をはじめ、東方の特徴的な産物が手に入る貴重な機会だ。商人たちもお目当ての物を手に入れるべく、かなりの金を貯めこんでいた。
俺は食品関係が欲しいのだが、そちらは正直不人気商品である。
食品は未知の食材だけに調理方法や食べ方の問題もあるが、何よりも馴染みが無い事で一般流通品よりも一段低く見られる。希少品と言う価値はあるが、それだけであり、食品としては見向きもされていない。
基本、こちらで栽培できそうにないために商品として不適合といった扱いを受けている。
逆に人気なのが反物などの服飾関係で、黄金よりも価値があるとまで言われた貴重で稀少な絹織物や、こちらではほとんど見ない染め方をした綿の生地が高額商品として取引される。
あとは貴金属関係で、金銀細工や真珠などが狙い目とされる。
ちなみに刀は売っていない。
武器は禁輸項目の一つらしいので、表の商業ルートでは手に入らないと言う事になっている。
護衛からこっそりと買えって話ですね、分かります。
彼ら東方の商人にしてみればグランフィストは重要な中継地点ではあるものの、最終目的地ではない。
彼らの目的地は王都であり、そこでの取引がメインである。
つまり、グランフィストではメインの商品はほとんど取り扱われず、ここで彼らが物を落としていくといった事はあまりない。
普段であれば、彼らと一緒にそのまま王都までグランフィストの商人が同行し、その間に少しでも恩を売ってより確実に商品を手に入れようとするのがこれまでの流れである。
これはグランフィストにしてみれば屈辱的な事ではあるが、王都の方が物も金も活発に動くのはどの国でも確かなことから、半ば諦められている話であった。
しかしだ。
今回、グランフィストには一つの切り札があった。
それは俺の存在である。
グランフィストはジョブ解放を対価に、東方の商人に対してグランフィストでの商取引を持ちかけていた。
去年のうちに打診されたこの話は、その場で決められる話ではなかった。
商人と商人の取引と言うのは、事前にある程度の筋を作って行われる事である。
去年は商人の信用、王都での取引が優先されて話は実らなかったが、今年は違う。彼らにグランフィストでの取引を要求し、話を呑ませることに成功していた。
当たり前だが、東方からグランフィストまでの道のりは短いものではない。よって旅程は長く、半年以上もかかる大事業に近い。簡単に規模を拡大できるものではない。
東方の者にしてみれば、僅かな者しかジョブ解放してもらえないという、あまり旨味が無い取引だと俺は思った。
しかし今年の東方の商人は例年の倍以上の数でグランフィストに訪れたと聞き、領主側の策が上手くいった事が証明された。
もしかしたら、ヤマト村から移民を募るのかもしれないね。ダンジョンに行かない連中はそれなりの数がいるし。グランフィストでは居心地の悪いのもいるだろうし。そう悪い話でもないだろう。
俺も無関係な話ではないから、頑張らないとね。