携行食③
俺の昔話は、そんな、泣かれるような事だったのか?
社畜と言われるほど仕事はきつくなかったはずだし、食生活も飢えるほどでは無かったんだけど。趣味に毎月課金できるだけの余裕もあった。
1人暮らしで恋人はいなかったが、製造系の会社で社員をやっていたし、26歳で役職も持っていたし、会社の人間関係は悪くなかった。だからそこまで不遇では無かったはずだ。
学校の同期には親のせいで借金取りに追われるような奴とか、何故か海外で傭兵部隊に入った馬鹿とか、漫画家とか、わりと酷い生活をしているのも何人もいた。もちろん俺よりいい生活をしているのもいたけど、最悪な生活環境では無かったと思う。何より、日本人だったし。
上も下も見たらきりがないが、むしろ、恵まれた生活だったぞ。
そこは自信を持って言える。
「そうですね。命の危険も無い、平和な国で働いて、生きていけるなら、不幸ではありませんよね」
なぜかイルは俺を優しい目で見ている。
抗弁すればするほど俺の言葉が的外れであると言われるようで、何か不幸要素はあったかと首をひねるが、やはり問題ないように思う。
考えても分からないので、話を変えてしまおう。
「それで、携行食や保存食に使えそうなものは何かなかったかな?」
「保存食なら、お野菜を漬物にするのが一番です。冒険者の携行食には向きませんが、旅人や行商人の方には人気ですよ」
漬物か。
最初に思い浮かぶのは日本の沢庵だけど、ヨーロッパならザウアークラフト? いや、ザワークラウトだっけ。ドイツの、キャベツの漬物が有名だったな。ヴルストの付け合わせで出される奴だな。
たしか塩を軽く振った千切りキャベツに重石を乗せて3日だったかな。親子喧嘩な料理漫画で見たのを覚えている。
あれなら悪くは無いと思う。
発酵前のキャベツでも、食べれない訳じゃないし。酢をかけて酸味を付けるわけじゃないから、変に水っぽくなって重くなる訳でもない。
ただ、既にある物だから新しく作るとか発見したとか、俺が何か考えたものでもないので、すでに利用している奴はいるだろうって所か。俺は持ち歩いていなかったけど。
そうなると、フリーズドライか。
あれなら季節に関係なく作れるし、魔法があるからそう難しくないから量産も簡単だ。
野菜ごとにバリエーションも増やせるから、選ぶ楽しみも提供できる。
念のため、市場に類似品が出回っていないかイルに確認すると。
「粉をお湯に溶かす、ですか? 小麦粉ではなく?
……私は、知りません」
「よしっ!」
イルは、知らなかった。
探せばあるかもしれないが、まだ普及しきった物ではないだろうし、冒険者ギルドで取り扱っていないならそれでいい。
この世界は特許などの概念が無いので、技術の秘匿は物理的な手段で守るしかないので暗殺者が送られる可能性もあるが、領主経由で一般に普及させてしまえば問題ないだろう。さすがに皆殺し系の選択肢は取られないからな。
その後、俺はフリーズドライのやり方を広めたが、似たようなことを考えた日本人はそれなりにいたようだ。
水の都と王都では軍が買い上げていたからあまり広まっていなかったが、乾燥肉やブロック栄養食など、すでにいくつか俺が教えた事以上に開発が進んでいたようである。
そしてそれらを上手く使って儲けようとしていた事も分かった。
あちらとはこの件で商売敵になってしまったグランフィストとにらみ合う事になった。
領主様からフリーズドライのやり方を広めてもらったので俺が直接睨まれる事はないと思うけど、面倒な事になったかな?