東の風①
治癒の薬の在庫は順調に数を伸ばしていく。
採取の方も大きな問題など無く、ダンジョン内ではパッとしなかった野外活動が得意な者達の活躍もあり、思った以上に材料が集まっている。
そのおかげで薬草関係も冬までに十分なストックができそうである。
たまにダンジョン素材の薬草が出回るために勘違いされやすいが、冬場は薬草の採取ができないので、ちゃんとした品質の治癒の薬は市場に出回らない。
冬場は乾燥させて品質を落とした薬草しか存在せず、高品質な治癒の薬はほぼ製作不可能で、普通の品質の治癒の薬すらレアになる。
冬でも薬草栽培の出来る温室などもないし、ポーション系がメインの錬金術師には辛い季節になるのだ。
寒かろうが熱かろうが、庶民の食事は鍋物が多い。
具材を鍋にぶち込んで塩で味付けして煮込むだけの簡単料理。それが庶民鍋だ。
中には牛乳を使ったホワイトソースの鍋もあるが、牛乳が高価なのであまり出回ってはいない。外食の中でも奮発して食べれるというレベルである。残念ながら、この世界の畜産関係は中世以下のようであった。
では、冒険の最中は何を食べるのか?
≪アイテムボックス≫持ちがいるなら、普通のメニューを用意できる。それこそ家で食べるような物を持ち歩いてもいい。≪アイテムボックス≫には中に入れた物の時間経過を止める機能は無いけれど。
「量よりも利便性を」と、保温や保冷に優れた≪アイテムボックス≫持ちであれば出来立ての料理を保管することもあるだろう。それも『荷運び』の方向性の一つである。
これもスキルの正しい使い方だろう。
そんな便利な≪アイテムボックス≫持ちがおらずとも、携行食の研究はきちんとされている。
主に干し肉、塩漬け肉、燻製肉と肉料理ばかりだが、そちら方面の需要は大きく、狩猟による肉の供給は意外なほど盛んだ。一番流通しているのは巨大なカエルの肉というのが異世界っぽい話だけど。
他にも漬物野菜も使われる。燻製肉と言えばドイツ的なブルストかデンマーク的なベーコンが主流だけど、魚の燻製だとアイヌ式になったと思う。たぶん。
それら燻製の肉類を水で戻し、漬物野菜と煮込むのがこちらの携行食では一般的だ。煮込むのは硬いパンを食べる為でもある。
携行食だけど、わりと美味しい。俺は嫌いではない。ただ、他人を殴り殺せそうなパンはあんまり好きじゃないんだよね。そこだけが難点かな。
国外というか、東方の島国と交流があるため、米は手に入る。
しかし輸送費のせいで高級品になってしまうのでなかなか食べられないし、最近はヤマト村にも流れているのでなかなか手に入らなくなっている。
飯盒炊飯は学生時代の野外活動で数回やっただけだが、こっちでもやってやれない事はない。多少焦げる事を覚悟すれば、そこまで難しくないのである。
なんでいきなり飯の話をしているのかというと。
「レッド、その肉はまだ早いぞ」
「む。タレが甘すぎる? 蜂蜜か、この甘みは」
「こっちは醤油とニンニク多めだから、そこまで甘くないはず。ただし保存期間は短めになるから、使い切っていいよ」
「おお、かたじけない!」
東方から来たという、侍モドキが来たからだ。
彼は東方から船に乗ってこの王国の港町まで来たはいいが、その間に東方風の味付けをした食材を使い切り、食文化の違いに打ちのめされていた。
そこで供応役に選ばれた俺が飯を作っているのである。
『治癒の薬』作りで忙しい俺がこんな事をするのには、勿論訳がある。
彼は『侍』のジョブ持ちで聖属性のダンジョン攻略をする冒険者であり。
東方の錬金術を嗜む、『薬剤師』なのだ。