幕間:異世界の戦争、裏
「良かった……」
レッドが帰った後。
その背を見送ったジャニスは椅子からずり落ちそうになるほど全身を弛緩させた。
メイドサーヴァント3人娘を復活させると言って、ようやく取り付けた戦争参加。その成果に安堵する。
もしもレッドが戦争から逃げた場合、それはグランフィストの失態になる。
これまでであれば王都の宮廷貴族たちもそこまで本気では無かったのでこちらを責めたりしなかった訳だが、宝物であるマジックアイテムを奪われたとあっては彼らも本気にならざるを得ず、今回の戦争参加命令に対する判定もかなり厳しくなる事が分かっていた。
絶対に逃すわけにはいかなかったのだ。
レッドが逃げようと考えている事に、ジャニスはもちろん気が付いていた。
だからこそ、一度しか使えない切り札を使う気になったのだ。
メイドサーヴァント3人娘。
すでに死後2年が経過しており、普通であれば絶対に蘇生できない状態の彼女達。
特殊な手法で蘇生できると言ったあれは、真っ赤な嘘である。
なぜなら、すでに蘇生済みだからである。
生き返った相手を、更に生き返らせる事など誰にもできない。
ジャニス達は最初からレッドへの切り札として、あの3人を生き返らせて確保していただけなのだ。それを『人形戦闘師』の≪命令:休眠状態≫というスキルで眠らせ、保管していた訳だ。
3人が死んだ一件。
ジャニス達はあの後すぐに3人のコアを回収している。念の為に代わりのコアを置いて行ったものの、そんなものはただの保険だった。
そのコアをさらに別のメイドサーヴァントの素材にするという事件は完全に想定外だったが、今となっては結果良ければすべて良しという、そんな幸運だった。
そもそもである。
こういった切り札の1枚2枚でも無ければ信用できないのが貴族という生き物だ。
相手の首根っこを押さえつけていたからこそ、それに気が付かせていなかったからこそ、レッドを重用していたという裏がある。
ここでその切り札を切ってしまった事はマイナス要因だが、それでも逃がしてしまえば切り札が死に札になってしまうため、ここで使った事は間違いではない。
それに、秘密というのは長く隠しておくのが難しく、いつかばれてしまう危険性もあった。何気に、場所を取るという問題もあった。
だからこれ以上は無い、いいタイミングで切り札を使ったとジャニスは自画自賛する。
最大の切り札が無くなったため今後を考えると頭が痛いわけだが、婚約という新たな鎖は時間とともに重さを増していくだろうからそれが代わりになる。
今回の件で貸しを作ったようなものだし、戦争参加という実績も作った。だから結婚までの時間稼ぎになるだろうとジャニスは考えた。
人は基本的に、自分を基準に考える。
ジャニスはジャニスなりにレッドという男を理解し、その推測の上で今回の賭けに挑み、勝利した。
彼のレッドに対する理解が大きく間違っていなかったと言える、ように見える。
他人を完全に理解しきるというのはとても難しい。
一つ二つの推測が当たっていたからと言って、全てを理解できたとは言い難い。
ジャニスは油断した。
人をどこまで追い込んでいいのか、その見極めを失敗していた。
彼が今回の発言でレッドの信用などを完全に失ったと知るのは、もう少し先の話である。