異世界の戦争⑤
はっきり言えば、逃げ出す算段を付けている。
俺に船上で戦う理由は無いし、義理も縁もあまりない。強いて言えばこの街で縁を結んだ相手に迷惑をかける可能性があるぐらいで、それさえなければ今この場からも逃げ出している。
それを分かっているジャニスは俺の両隣に女性文官を配置し、逃亡を防いでいる。
まぁ、他人を傷つけるのって嫌な思いをするからね。それ以上の負荷がかかると分かっていれば覚悟だって決めるけど。真面目なお話、引き受ける気が無い要請をされるぐらいならそこまで我慢できないことも無い。
「ここで逃げた場合、王国内では犯罪者扱いされる恐れがあるんです。私としてもレッド君との縁をこんな事で切りたくありませんし、本当にどうにもなりませんか?
報酬は金銭でもいいし、それなら1月に付き10万Gは出しますよ」
「その額を稼ぐのに、冒険者稼業その他でも1年あればなんとかなるんですよね。戦争での拘束期間がどれほどになるかも分からない段階でハイとは言えません。
もっとも、倍額を提示されたって断りますよ。俺は戦争に直接関わりたくないんです。
と言うかですね、どうしてそこまで俺に拘るんです? 俺ぐらいの召喚士なら、探せばいるでしょうに」
「……いませんよ、レッド君ほどの召喚士は。少なくとも、王国内にいる召喚士でそこまで凄い人はいないと断言できます」
「ヤマト村の連中は? 俺よりもレベルが高いですよ」
「彼らは信用できません。信用の問題があるんです。物資運搬に必要な能力は、信用も含むんですよ。だから王国内では間違いなくあなたが一番です」
「信用が重いですねー」
「約2年の付き合いですからね。彼らとは年季が違うんですよ。
それに、我々が彼らにした仕打ちを考えれば、信用するのはどうしても難しいですし」
他の奴に任せてしまいたい俺はいくつか提案をしてみるが、その全てが駄目だと言う事になる。
確かに、一回切り捨てたヤマト村の彼らが心から信用できるかと言えばそんな事はない。むしろ信用したらどこまで甘ちゃんなんだろうと王都から責められる可能性の方が高い。
王国産の召喚士はレベルが足りないか、召喚モンスターの種類が悪いか。屋内でも使える、陸上戦力が多めのようである。
日本人で有用なのはダンジョン目当てで各都市にいるし、王国の味方に限ればグランフィスト一択、その中で王国が信用できる日本人も俺一人。
ダンジョンに限らなければ王都にいる日本人もいるけど、彼らは徴用済みで、俺ほど物資運搬に有用ではない。俺以上に信用を得てはいるけど、レベル的な問題を考えると役立たずではないが、ダンジョンに行かない分だけ俺に劣るようだ。
状況は詰んでいる。
グランフィストを切り捨てて、この国を出る事を視野に入れるべきだろう。
婚約者はそもそも政略結婚みたいなもので、愛情は無い。同じパーティにいるから仲間意識はあるし、付いて来てくれるなら連れて行く。それぐらいでしかない。
俺はまだ12歳なので、やり直しならどうにでもなる。
冒険者で食べていくなら他の国にあるという聖と魔のダンジョンを目指してもいい。
旅費などで消えるだろう初期資金の問題があるけど、それを言えばレベル的な問題は解決済みなので、色々と捗るだろう。強くてニューゲームに近い。
そこまで頭の中で考えて、ジャニスとの会話に臨む。
半分は聞こえの良い事を喋って時間を稼ぎ、こちらが乗り気でない事を匂わせつつ、相手を脅すように話を組む。そうやって交渉の余地があるように見せかけるのだ。脅すという事は俺がここから離れたくないって意思表示にもなるからな。
それに実際、残れるなら残りたいというのが人情だし。わざわざ一からやり直すなんて面倒な手間をかけずに済むなら、それに越した事はないのだ。
そうやって俺がグランフィストを離れる決意を固めつつある中、それを感じ取ったのか読み取ったのか、ジャニスは一つの爆弾をこちらに投げつけた。
「なら、こういったのはどうでしょう。
2年前に殺された3人、彼女たちの蘇生というのは?」
それはゲームの仕様上は絶対にできない取引。
俺が不可能と断じたものだった。




