幕間:異文化交流
交渉とは、互いの主張ぶつけ合いと、相手の要求をどれだけ呑むかの調整だ。そして最終的には「互いに」利益が出るようにする必要がる。
一方的な話を持って行くのは交渉ではなく下知である。
「ふざけているのか奴らは! 今更軍門に下れだと!」
「俺たちに何の利益がある! 皆に何と説明すればいい! 誰があんな連中に従うか!」
「奴らの方こそ、戦争を望んでいる……」
交わされる激論、そのほとんどがグランフィストへの不平不満と今回の申し出に対する怒りの発露だ。
それは当然だろう。彼らの苦難を思えば、そうなるのも仕方がないと言える。
ただの荒野を切り拓き畑を作り、家を建て、商人と繋がりを持ちようやく人間らしい生活が出来るようになったのはここ最近の話だ。そうやって「生きていけるようになってから」それを押さえつけようとするグランフィストへ反感を持つのは人として当然の感情だ。
しかし公平公正に考えれば、日本人側が悪い事は明々白々だ。
見ず知らずの人間に、自分たちの庭先に村を作られて平然としている方がおかしい。グランフィストの者たちにしてみれば不法侵入者であり見知らぬ他人の日本人を助けないのは当たり前でしかない。
助けない事は悪や罪ではないのだ。善でもないが。
加えて言えば、各種税の優遇措置は彼らなりの譲歩だ。
払いたくない物の代名詞である税だが、払わねばならないのも事実である。踏み倒すようなら犯罪者だ。悪質であれば、社会の枠組みでは逮捕されるようにできている。
日本人村が何とか生活できることによって、税の未払いが見逃せるレベルを超えた事も今回の騒動の一因である。
グランフィスト側は何も言及していないが、今回の騒動が起きたもう一つの原因は周囲の圧力である。
商人は税を払わない彼らを、軍部は強力な武力を持つ彼らを、貴族は領内で従わない不穏分子の彼らを、それぞれ排除したいと考えている。
領主はそれらを上手く抑えてきたが、それもそろそろ限界を迎える。
領主は強権を持つが、独裁をできるほど強く権限を掌握しているわけではないし、強く命令しようという気があまりない。
無理なく抑えられる範囲で抑える事はするが、それ以上は手を貸さないというのが領主の考えだった。
領主からしてみれば敵を作っているのは日本人たちなので、放り出した責任からある程度の弁護はするが、本気で味方をする気が無い。相手がこちらを一方的に嫌っているので味方をする気が無いとも言うだろう。
それを、ほとんどの日本人が理解していなかった。
日本人の中には領主の考えを推測しきった者もいる。
相川をはじめ、日本では会社の社長や重役といった外部とのやり取りがある営業に就いていた者、自営業の個人経営主、政治活動家などの一部の識者である。彼らは自身の経験から領主の考える「落としどころ」を見抜いていた。
「どうやって皆を説得する?」
「難しいな。あっちも俺たちが早くダンジョンを攻略してくれることを期待していたんだろうが……その前に生活環境を整えすぎた。目を付けられたのは間違いない。奴ら、ダンジョンを攻略する前に来るぞ」
仲間の手前、レッドに強気で交渉決裂を示した相川。彼はそれでも内心ではグランフィストとの和解を望んでいた。
そしてごく一部の仲間も相川の考えの同調している。このままグランフィストと敵対していては先行きいかなくなると思っているからだ。残る者の為にも軋轢は少ない方がいい。
問題はどうやって怒り狂うみんなを納得させるかであり、いくつか思いつくその方法は彼等でもあまり選びたい手段ではない。
生贄が必要だった。




