幕間:好景気
「カッパーゴーレムの供給はまだ全然足りないか」
「はい。1体あたり500mの銅線を作る事が可能ですが、「電気通信」というもののために必要な数は発電施設の分を含め、100体以上となります」
「そうか……予算の方はどうだ?」
「今の、今期の100倍は必要になります。税収の増加を見込んでも10年後にすら終わりません」
「先は長いな。この「モールス通信」とやらの有用性は実証されているというのに、何故こうも予算が下りんのか。ままならないな」
「仕方ありませんよ。各種公共事業を水平展開すれば、どうしても一事業あたりの予算は減りますから」
「せめて兵士に冒険者の真似事をしていただけないか、お願いするとしよう」
グランフィストは領主の命で、各種改革に着手している。
発電所の開設に続き、電灯や電気通信網の普及が行われている。
公衆洗濯屋の開業を始めれば託児所や娯楽施設も公共事業の一環として併設される。
他にも手広く事業を展開しており、一部の事業は商人にも金を出させて入るものの、明らかに予算が足りなかった。
数年後には設備投資費を回収できるだろうと予測されているが、それまでは領主の持ち出し額が大きすぎる。
領主の金庫はすっからかんだった。
領主がそれだけ金を使えば、領民が潤うのは道理である。
一時的な工事ではなく長期の工事となれば、特需に沸くどころの話ではない。生活水準は大幅に向上していた。
それに伴いスラム区画がどんどん縮小され治安が良くなり、グランフィストはより安全で商売のしやすい都市へと変わっていく。
今度はその好景気を見込んで周辺の商人が流れ込み、税収がどんどん増える。治安の向上は商人にとっても死活問題だったからだ。
この状態を維持するために領主はかなり無理をしていた。
このままいけば黒字までは2年でいいが、出した金の全回収までに5年はかかるというのが現在の予測である。
目に見える税の増加、それが領主の判断を強気にさせていたのだ。
もちろん、どんなことにも息切れが発生する。
好景気は勢いがあればあるほど、転びやすい。不況に転落する可能性はレッドが指摘していた。
だけど目の前の好景気に判断が狂うのは誰しも陥る落とし穴である。
かつての日本でもバブルの時代にもうすぐ不況になるかもしれないと言われ続けていたのに、投資を続けて失敗した者が大勢いた。
彼らが愚かだったと言ってしまえばそれまでだが、彼らは特別愚かだったという訳では無い。ただ、好景気の熱病に浮かされた状態では、状況が複雑怪奇で先読みのしにくい話となる。それだけである。
「今」は今でしかなく、永遠ではない。
破滅の足音は遠かろうが、確実に近づいているのであった。




