俺と相川③
俺は元から相川に興味を持っていなかった。
同じ日本人であり、日本人を取りまとめる奴ではあるが、俺にはほぼ接点が無い。善悪・好悪のいずれにおいても影響を受けた事が無いからだ。
俺を襲った連中の首魁ではあるが、こいつが俺を襲うように指示を出していた様子が無かった。アレは馬鹿どもの衝動的な行動のように見えた。
昔のことを思い返しても、当時のこいつが関わっているという事は無いだろう。
何もされていないのだから何も感じていない、それだけだ。
重要なのは日本への帰還が出来なかった時の話であり、この世界での在り方についてだ。
なので、俺はまず、日本に帰還できないのではないかという話をしてみた。
日本に俺たちのオリジナルがいた場合、日本に行ったところで無意味ではないかと。
「なるほど。無意味な事で悩んでいるようだな」
俺の説明を軽く聞いた相川は、俺の懸念を無意味と切り捨てた。
「日本の情報など勝手な推測でしかないだろう? シュレーディンガーの猫なら箱を開けねば無価値だ。お前は動かない愚図のままで居るつもりか?
反論しても構わんぞ? 俺には何の価値も無い話だがな」
相川の芯は強いようだ。目的がはっきりしていて迷いが無い。
そして自分がオリジナルであるかどうかの迷いもすでに振り切っているのがよく分かる。リスクが存在することを分かっていて、真実を知ろうとしている。
「もし、日本にオリジナルがいるならどうするんだ?」
「何もしない」
「え?」
「何もしない。日本に戻りたいのは、守るべき妻子がいるからだ。俺が向こうにいるなら、戻ってもやるべき事なんてない。あとはオリジナルのするべき事だ」
人として負けているような気がしたから相手の嫌がりそうな所を突っ込んでみたが、それは墓穴を掘るだけに終わる。
覚悟を見せられた俺はさらなる敗北感に苛まれる事になった。自分の器の小ささを明らかにしただけであった。
俺は妻子どころか恋人すらいなかったが、親兄弟はいる。
戻って親孝行をすべきとは思うが、その為にオリジナルがいて俺は偽物だと証明するかもしれないのが怖くて、その為に進む気になれない。それに、攻略の過程で死ぬのが怖い。例え生き返ると保障されていても、だ。
俺は大きく息を吐き、心の中にある澱みを捨てようとした。
それは無意味な事ではなく、僅かだが俺に平静さと気力を取り戻してくれる。
「真剣に答えてくれたこと、感謝するよ」
「……こちらの不手際の侘びだ。礼など要らん」
「ではこれで失礼するよ」
あまり冷静でない今、今回はこれ以上話をするべきではないと考えて俺は話を打ち切る事にした。
時間を取らせたことに頭を下げ、感謝を示す。
相川はそんな俺にぶっきらぼうに返すが、それでもお礼の一言は言うべきだと思い、席を立つ前に今度は無言で頭を下げる。
それ以降は何も言わず、変装をしてから席を立って、案内に連れられ村の外に出た。
俺の中で燻る何かは、相川の話を聞いてより大きくなっている。
それがどう燃え盛るかは、この時の俺にはまだ分からなかった。