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北極星の竜召喚士  作者: 猫の人
冒険者レッド=スミス
123/320

幕間:貴族

「どうだった? 彼は女に手を出しそうか?」

「いや、その気配は無いな」

「くそっ! 奴は男色なのか!?」

「そうじゃない。まだ、幼すぎるんだ……」



 ジョンとジャニス、2人の男が密会をしていた。

 場所は秘密厳守が可能な個室のある酒場で、彼らはよくこういった店を使い、会っていた。

 話の内容はレッド=スミス、グランフィスト側に付いた唯一の日本人冒険者についてである。



 この2人、実は幼馴染である。

 グランフィストでも指折りの有力武官の家に産まれたが、家庭の事情で冒険者にならざるを得なかったジョン。家名を捨てずに済んだとはいえ領主の下で働く事ができず、それでも彼は貴族としての矜持、自身の名を誇るためにダンジョン攻略の名誉を手にしようとしていた。

 そんなジョンを助けるべく、幼馴染であるジャニスは普段から何かと便宜を図るようにしていた。


 今回は逆にジャニスの為にジョンが手を貸そうとしている。



 彼らがやろうとしているのは、レッドの帰化だ。

 日本人としての帰属意識を捨てさせ、グランフィストの人間としての自覚を持たせようと、ハニートラップを仕掛けていたのだ。


 若い男を捕まえ離さないのはいつの時代でも女である。

 中には港ごとに女がいるといった遊び人もいるのだが、真面目、堅物に見えるレッドならそういった手が有効に見えたのだ。


 ジョンの手を借りて、ジャニスは冒険者希望の若い娘を集めてクラン入りさせた。

 その中に好みの娘がいれば手を出させ、そのまま結婚させようという腹積もりである。娘の側にも事前に話が通してあり、上手くいけば高額報酬を出すことを約束している。もっとも、グランフィスト生まれでグランフィストを愛するよう教育を受けた彼女らである、グランフィストのためなら喜んで身を差し出すぐらいはするつもりであった。

 彼女たちは露骨にならないように自分からアプローチするのを控えるようにも言い含められており、互いにけん制し合っているのでレッド本人は全く気が付いていない。



 この試みは現状全く上手くいっておらず、ジャニスは本気で頭を抱えている。この状況が続けば彼は若くして毛髪を失ってしまうほどだ。

 ジョンの方は手助けしてはいるものの、本気でレッドを取り込もうというつもりが無いので苦笑しながら幼馴染の苦悩を見守っている。


「なぁ、ジョン。君は何が問題だと思うんだい? 僕にはもう分からないよ」

「ジャニス、彼は女性にあまり興味が無い。もちろん男性にも興味を持っていない。さっきも言ったが、彼はまだ幼い。性的な物に意識が向いていないんだ。色仕掛けが有効になるまで、あと何年か必要になるだろう」

「そんな悠長なことを言っていられないのは君も知っているだろう? 彼らはあと1年もしないうちにダンジョンを攻略する。猶予は長く見積もって半年しかないんだ。彼の手を借りれなければ、最悪グランフィストが滅ぶんだぞ」


 ジャニスが頭を抱える理由の一つは、他の都市にいる日本人勢力との交渉に失敗しているからだ。

 彼らは貴族に与することを基本的に嫌い、それを気にしない、グランフィストに付いてもいいという人間は能力が足りなかったり素行が悪かったりと、ロクな者がいなかった。少なくとも、彼らを雇って役に立つようには思えなかった。

 他の都市の有力な日本人を取り込むには時間がかかるし、有力者の引き抜きだけに現地の貴族にお伺いを立てなければいけないし、時間を含むコストが現実的ではない。


 そしてもちろんグランフィストの日本人は高い結束力を誇る集団ゆえにこちらに付く可能性が非常に低いし、もし仲間になってくれたとしても裏切りの可能性を考え続けねばならない。「埋伏の毒(スパイを送り込む)」という計略はこの世界でも普通に存在する。そして裏切り者は基本的に信用できない、重用できない。

 レッドに固執するにはそれ相応の事情があるのだ。



 レッドへの評価から地位を約束するとか贈り物作戦などが有効な人間でない事を分かっていて、ハニートラップを選んだジャニス。

 真面目なジャニスではあるが、性欲などが全くないわけではないし、発散されない思春期のリビドーの強さにも理解がある。11歳であれば女の子に興味を持つ年ごろであり、だからこそやや年上だが年の近い女の子冒険者を送り込んだのだ。

 それが失敗となると、次にどんな手を打っていいか彼にも分からない。


 男の欲の基本は「地位・名誉・金・女・未知/冒険」であるが、それらを無視して「安定」と言われてしまうと何もできない。

 レッドは欲で釣るにはとことん不向きな人間であった。



「うーん。それなら仲間をどうにかするほうに動かせばいいんじゃないかな」

「仲間?」

「ああ。1年前、彼は仲間を殺され怒り狂ったというじゃないか。仲間意識はとても強いはずだね。

 だから仲間を守るために立ち上がってもらえればいいんじゃないか? グランフィストを守ろうとするのに手は多くあった方がいいのは間違いないんだ。彼の仲間を口説いてみよう」

「そうか、その手があったか!」


 「レッドを引き込む」事に固執してしまったジャニスは、視野狭窄に陥っていた。仲間から順に、外堀を埋めるようにするという基本手順すら思い浮かばないほど焦っていたのだ。

 その焦りを取り除かれ、彼の頭脳は最適解を求めて回り始める。


「桜花君は駄目だな、彼以上に口説けないだろう。ミレニア君も駄目だ。報酬に目がくらむ可能性はあるが、命を大事にするだろう。

 それよりもイーリス君だな。彼女ならきっと理解してくれる。ララ君は……神殿経由で動かせばいいな」





 グランフィスト領主付きの文官ジャニスは、貴族の名誉に懸けて最善を尽くそうと必死になって考える。それが彼にできる精一杯だからだ。

 同じく貴族であるジョンも、そんな友人に手を貸すだろう。


 貴族とは、己の土地と民を守ってこその貴族である。

 直接統治しているのが領主で彼らはその下っ端なわけだが、貴族としての誇りを掲げる以上、そこに優劣や立場の上下が混じる事はない。


 彼らは正しく貴族である。

 守るべき領地と領民の為に、どんな手でも打つのだから。

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