面倒なこと (ショートショート71)
妻は生まれもっての性分なのか、ひどい面倒くさがり屋である。なにをやるにしても、あとにまわせることはできるだけ先に延ばし、手の抜けるところは必ず手抜きをする。
専業主婦だから家事はいちおうこなすが、夕食はオレが帰宅してから、えっちらおっちら支度にとりかかるといったありさまだ。
結婚して一年がたつ。
面倒くさがり屋のほかは、これといって不満のない妻だった。それで大目にみてきたのだが、最近はオレもいいかげんうんざりしている。
そして、今日。
オレはついに堪忍袋の緒が切れた。
夕食が用意されていないばかりか、部屋は散らかしばなし、洗濯物はベランダに干されたままなのだ。
で、当人といえば、ソファーに寝そべってテレビを観ている。
「おい! なんだこのザマは。さっさと、やるべきことを先にすませろよ」
「すぐにやるわ」
妻が素直にうなずく。
怒りのほこ先をそがれ、オレもつい口調がやわらかくなった。
「今できることは、今やるのが一番いいんだよ」
「そうなのよね、やっぱり」
「先延ばしにしても、どうせあとでやることになるんだからな。先にすませた方が、オマエだって気分がスッキリするだろ」
「そうだわ! ついでにあれも……」
「あれって?」
「すぐに取ってくるわ。一カ月前からそのままになってたの、面倒くさくて」
「一カ月もか」
「ええ。でも、これからすぐにやるわ。スッキリしたいんで」
いつになく腰が軽く、さっそく妻は隣の部屋に消えた。
何をそんなにほっといていたのだろうか?
とにかく妻が心を入れ替えてくれたことはいいことだ。オレとしても歓迎すべきことである。
妻が紙を手にもどってきた。
「これだけど、いろいろ書くところがあって面倒くさいのよね。それでそのままにしてたんだけど」
テーブルに広げられたのは離婚届であった。
面倒なことになったものだ。