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BlueSkyの神様へ

Blue Skyをもう一度

作者: 大橋なずな

 暖かな日差しが空いっぱいに降り注ぐ昼下がり。空一面に青色が広がり、その中を春の風が泳いでいる。

 青空の下には高層ビルが所狭しと立ち並んでおり、そんな街並みを一望できる緩やかな丘の頂上から青年はその風景を眺めていた。

 足元にはタンポポ、レンゲ、オオイヌノフグリ……他にも名前も知らない花々が色とりどりに咲き誇っている。


「春やなぁ……」


 無意識に漏れた言葉はのんびりとした午後の空に消えていった。

 このままここで昼寝でもしてしまおうか。丘の上に座る青年はそんなことを考えながら頬杖をつき大きくあくびをした。

 青年の髪を春の風が撫でる。その髪は鮮やかな朱色をしており、瞳も同じく燃えるような赤色だった。桃色の八分袖のシャツとカーキのパンツに身を包む青年の後ろには、お気に入りのベージュのスプリングコートが無造作に置かれている。今年二十五歳になる青年はぼんやりと目の前に広がる景色を眺めていた。

 背中にある翼を動かす。白鳥に似た真っ白な翼は自分が『天使』であることの象徴であり、この人間界の生き物ではないという証だった。


「もう、春やねえ……きみこおばあちゃん」


 青年は景色を眺めたまま隣へと声を掛ける。視線の先には小柄なおばあさんがいた。


「そうねぇ。春は暖かくて私は好きだよ」


 きみこおばあちゃんと呼ばれた人物は白髪交じりの髪を団子にまとめ白装束を着ていた。おばあさんは自分の名前が彫られた墓石にちょこんと座り、目の前に広がる景色を眺めている。

 その足は途中から徐々に薄れていて、足首から先は存在していない。それは天使の間では『魂』と呼ばれる存在、人間で言うところの『幽霊』であることを示していた。


「きみこおばあちゃん。もう死んで結構経つよ? そろそろ次の身体に行かへん?」


 青年はきみこおばあさんへと視線を移し、優しく問いかけた。


「そうねぇ。ホムラちゃんのお仕事の邪魔をしてるのは分かってるんだけどねぇ」


 きみこおばあさんは申し訳なさそうな表情をしつつも、丘から見える街の風景を眺め続けていた。

 春の日差しが降り注ぐ丘の上の墓地は二人以外誰もいない。辺りは静かで小鳥のさえずりと少し離れた国道を走る車の音がかすかに聞こえるだけだった。


「俺の仕事はええよ気にせんで。いつもこんな感じでサボってんねんから」


 ホムラも同じように街を眺めながら話を続けた。


「けどな、きみこおばあちゃんがこのままの状態でこの世にいるんは正直おすすめできひんのよ。おばあちゃんの為にも早く新たな人間に転生するのがええんやけどなあ」

「そうねぇ……」

「おばあちゃん。何か前世で思い残したことがあるんとちゃう?」


 言葉を濁すきみこおばあさんにホムラが質問をする。しかし、返事は返ってこなかった。

 魂の見届け人であるホムラの仕事は、身体を失った魂を次の身体に誘導し転生させることだ。

 そして今回請け負ったのがきみこおばあさんだった。

 胃がんで亡くなったきみこおばあさんは治療を続けながらも死を覚悟していたのだろう、魂が身体からこぼれ落ちてすぐに『お迎えに来たのですか?』と、ホムラに声を掛けて来た。その表情はとても穏やかだった。

 しかしその後に『もう少しだけここにいてもいいですか?』と続けたあの言葉。それはおばあさんがこの世界にまだ大きな心残りがあることの表れだった。

 人間が身体を持たぬ状態でい続けることは、この世に少なからず影響を及ぼす。そのため本来であればすぐに次の身体へと誘導をするのだが、ホムラはおばあさんの言葉を聞き入れ今日まで無理強いはしなかった。

 ホムラがきみこおばあさんの魂を見届ける仕事を受け持ってかれこれ二週間。おばあさんは毎日丘の上から見える風景を眺めている。

 一体何の未練があるのだろうか。ホムラはそう思いながらきみこおばあさんの横顔を見つめた。

 身体の無い魂の状態ならどこへだって行ける。どこかに行ってみたい、見ておきたいという未練ならすぐにでも叶えられる。しかしそれをしないということは、そういった類いのものではないのだろう。

 もし誰かに会いたいという未練だとすれば手を貸すことは難しい。身体からこぼれ落ちた魂は、人間に感知してもらうことができないからだ。


「きみこおばあちゃん。おばあちゃんは何かをしたいからこの世に残ってるんやろ?」


 ホムラはこの二週間何度も問いかけたことをもう一度聞いてみる。

 しかし返ってくる言葉はいつも同じだ。


「もう少しここにいさせてくれないかい。ごめんね。ホムラちゃんに迷惑かけてるねぇ」


 ホムラは変わらない返答に首を振った。


「ええよ。おばあちゃんの気が済むまで俺は待つから」

「ありがとう」


 ホムラの言葉にきみこおばあさんは申し訳なさそうに微笑んだ。

 きみこおばあさんは口下手で自分の気持ちを言葉に出来ない性格だったらしい。何か心に決めたことがあっても周りに相談をするような人ではなく、胃がんのことも悪化するまで家族に相談できなかったのだそうだ。

 孫娘達が葬儀中にそんな話をしていたのを聞いていたホムラは、それ以上踏み込んだ質問をすることができなかった。


「もう一度……」

「ん?」


「もう一度、言ってあげたいんよ」

「言う? 何を?」


 ホムラはそう問いかけたが、おばあさんはそれ以上何も言わずまた同じように空を仰ぐ。


「空に何かあるんやろかぁ……」


 そう言ってホムラはもう一度頬杖をつくと大きなあくびをし、丘からの風景をぼんやり眺めていた。

 すると、いつもと変わらぬ風景の中に一人の人影が姿を見せた。


「おばあちゃん、誰か……来たで?」

「来た……」


 ホムラの言葉におばあさんは息を飲み、その後すぐに微笑んだ。

 人影はきみこおばあさんのお墓に向かってまっすぐ歩いて来る。

 どうやらホムラよりやや年上の男性のようだ。スーツを着た清潔感のある身だしなみの男性は、きみこおばあさんの墓前にたどり着くと膝を付いた。

 天使であるホムラと魂の存在となったきみこおばあさんの姿は男性には見えていない。

 男性は膝を付いた状態で一度深呼吸をすると墓前に向かって言葉を掛けた。


「ただいま……」


 たった一言だった。

 たった一言、その言葉を聞いたきみこおばあさんは、今までに見せた事がないほど嬉しそうな顔をしていた。


「おかえり」


 きみこおばあさんはとても大切そうにそう言葉を口に出す。


「おばあちゃん。遅くなってごめん。フライトの関係で……今日にしか帰国できなくて……。本当は葬儀にも出たかったのに」


 墓前で男性は涙をこらえながら話し続ける。


「俺……ついにパイロットになったんだ。おばあちゃんが乗りたいって言ってたジャンボジェット機のだよ。もっと早く来れば、おばあちゃんに報告できたのに」


 そう言いながら男性は涙を流した。


「聞いているよ。大丈夫。空を飛んでるんだね。夢、叶ったんだね」


 きみこおばあさんは男性には聞こえていないと分かっていながらも優しく声を掛ける。

 男性は涙を拭うと今の自分のことを話し始めた。仕事のこと、生活のこと、結婚を決めている女性がいること。

 その話を聞きながらきみこおばあさんはずっと微笑んでいた。


 ◇


 空が茜色になる頃、男性は墓地のある丘を離れていった。

 きみこおばあさんはその背中を見送った後、ホムラに向かって微笑む。


「ありがとうホムラちゃん。もう一度言えたよ。『おかえり』って……」

「それがきみこおばあちゃんの心残りやったんか?」


 ホムラが問いかけるとおばあさんはこくりと頷いた。


「そうか、だからここにおったんやね。この場所がおばあちゃんのいる場所やもんね」


 そう言ってホムラは茜色に染まっていく空を眺める。


「空を見つめてたんも、お孫さんがパイロットやから……か」


 ホムラは納得しおばあさんに視線を戻すと、その身体は徐々に薄れ始めていた。そして小さな光の塊になるとホムラへと近づいて来る。掌サイズになった魂をホムラは優しく両手で包み込んだ。


「次の人生、素敵なことが多く続きますように……」


 その言葉を聞き掌の中の魂はポンッと音を立てて消える。

 ホムラは何もなくなった掌を見つめ微笑むと白い翼を羽ばたかせ、その場から飛び去った。

 何処までも続く茜色の空の彼方へと。









『Blue Skyの神様へ』のスピンオフ作品。ホムラサイド第二弾。いかがだったでしょうか?

本編を知らなくても読めるように書いているスピンオフ作品ですが、今回は短編でのお届けでした。

もし他のシリーズも気になる! と思って頂ければ『Blue Skyの神様へ』シリーズまで。


『BlueSkyに歌声を~天使と夢とクリスマス~』

 http://ncode.syosetu.com/n1754cz/

↑ホムラサイド第一弾。ライトノベル系の現代ファンタジー。


『Blue Skyの神様へ』

 http://ncode.syosetu.com/n7708cv/

↑シリーズ本編。主人公レインの異世界シリアスファンタジー。

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