最終話 祓魔師と機巧師はこれからも
「やっ……た」
目がくらむほどの七色の光が収まって、ペルシャはその場にへたり込んだ。エリックも呆然とただ座り込んでいる。魔獣が消え、クリスを囲う障壁も溶ける。
目の前の土の壁が消え去り、一面の焼け野原を目にして、クリスは気を失いそうになった。楽しくキャンプしていた森と同じ場所だとは思えない変わりざま。
「やったよ、クリス。もう君があいつに殺されることはない」
隣から聞こえる前世の恋人の声がなければ、実際に気を失っていただろう。
「無事ですか!? どこか怪我は?」
「大丈夫。私たちの完全勝利だ」
「良かった……音しか聴こえなくて、何がどうなってるのかわからなくて。地面が揺れたりもするし。私、怖くて、とても心配で」
胸の前で手を握りしめ、大粒の涙を流す。
「俺の戦闘力とエリックの魔術箱。この二つがあって、負けるわけないじゃんか」
体内の魔力を大きく失って、いつもより力なくペルシャが笑う。
「ついに……私たちはやったんだな」
「スカっとしたろ?」
「ああ、かなりな」
長年追っていた仇をついに討った。喜び、達成感、満足感、充足感。様々な感情が二人の心に湧き上がるが、とにかく今一番強いのは、疲労感。
「寝よう! いろいろと語らうのは後!」
「あー、すまん。テントが……」
ペルシャの提案から目をそらすエリックが指すのは、新型魔術箱の放出口。咄嗟にテントの支柱を使用した為、テントだったものは部品を失い、今やただの大きな布切れ一枚である。
「星空の下で開放的な睡眠というのも悪くないと思います」
元気な二人に安心し、涙を拭ってクリスも笑顔を作る。
「良い案だ、乗った!」
砂埃が舞うのも気にせず、ペルシャは硬い地面に倒れこんだ。クリスも続けて寝転がる。
体を冷やすといけないから、と、ただの布きれをクリスにかけてやって、エリックも横になった。
「せっかくだから星座の話でもするか……と、思ったが」
苦笑いするエリックの横では、ペルシャがもういびきをかきはじめていた。寝転がってから一分と経っていない。平気そうに見せても、やはり相当疲れていたようだ。
「聞きたいんれすけど、私ももう眠くて」
蘇生術の疲れからまだ完全に回復しきっていないクリスも、横になった途端に緊張が解けたようで、ろれつもうまく回らないほどに眠そうにしている。
「すみません。お休みなさい」
その言葉を最後に、すぐに寝息が聞こえ始める。
エリックは一人星を見上げる。
今日一番頑張ったのは間違いなくペルシャだ。今日だけと言わず、いつも体を張るのはペルシャだった。他人の夢の領域でエリックを守りながら夢魔を狩る。
役に立たない自分を、それでも毎回連れて行くのは、自分の手で仇討ちをさせてやりたいと考えてくれたからだろう。
そこまでを想像して、彼もまた、襲い来る睡魔に身を任せた。
翌日。
一晩寝てすっかり回復したクリスとペルシャが、歌い踊りながらキャンプの後片付けをする横で。
「どうしてお前達はそんなに元気なんだ……」
抜け切らない疲労に、エリックは頭を悩ませている。メガホンを支えた腕が痛い。踏ん張った足も痛い。硬い床で眠って腰も痛い。
「魔力があるから回復が早いのか?」
「いや、若さのせいだろ」
「馬鹿な! 二つしか違わんじゃないか! 待て、なんだか頭痛までしはじめた……。普段はどうとも思わないが……こういう時は私にも魔力があればなと、切に思うよ……」
その告白が耳に入り、クリスは振り返った。
まとめ終わった荷物の横に膝をついて、改まる。
「あの、お願いがあるんです。何か思い出せるまでって条件でしたけど……私このまま、エリックさんのお屋敷においてもらえませんか! 私のせいで魔法が使えないエリックさんに、せめて何か償いがしたいんです。お役に立ちたいんです」
そう頼んで下げたクリスの頭に、硬い何かが当たる。エリックの手から差し出されているそれは、オレンジ色の宝石が嵌めこまれた細いステッキだった。
「これは……?」
「魔力の暴走を抑える魔術機だ。私の屋敷で魔法を使うときは、必ずそれを通して行なうように」
「え? ということは……?」
「好きなだけ居ると良い。命を助けてもらった礼だ。私は君に感謝しているよ。負い目を感じる必要はない」
冬が過ぎ、春の日差しで蕾が開くように。クリスの表情は満開の笑顔で彩られる。
「ありがとうございます!」
「それにねえクリス、俺からも提案があるよ。君の中の余分な魔術回路、全部エリックに移植しよう。そうすれば君も一般人、エリックも一般人。お互いハッピー。あるべきところに、あるべきものを戻すんだ」
そしたらそんなダッサいステッキいらなくなるよ、と、ペルシャはうさんくさい商人のような顔をする。こちらの商品のほうがより魅力的ですよ? と続きそうだ。
「回路を、移植? そんなことが可能なんですか?」
「理論的にはね。でもそれには核がいる」
ペルシャはお得意のニヤリ顔でエリックに向き直る。
「俺の両親とお前の腕の仇は討った。だけど、俺たちの夢魔狩りはまだ終わらねえ。これからもよろしくな、【相棒】!」
そう言って、少し猫背な背中を力いっぱい叩いたのだった。
END.




