十一話 ひとときの休息
「は? 何を言い出すんだ一体」
話がまったく見えないペルシャの提案に、エリックは目を丸くする。おそろいのマスクを被ったみたいに、クリスもまったく同じ顔を向けていた。
「え? わかんないの? クリスの封印魔法が発動したってことは、あの夢魔が近くにいるってことでしょ? ここや教会で襲われたら面倒くさいじゃん。家壊されたいわけ?」
「……なるほど。一理ある」
ただの思いつきではなかったことにひとまず安堵する。ペルシャの言うことはもっともだ。現の世界で戦うなら、周りを気にせず戦える場所が良い。
「それなら、どうする? 湖の近くにするか?」
「ん。いーね。そうしよう。すぐ準備しよう」
探し求めていた敵出現の予感に興奮を隠し切れないペルシャは、ソファから飛び降りる勢いで立ち上がった。
「とりあえず俺、一回帰ってコンパス君の領域書き換えしてくるわ。エリック、あとで繋ぐから魔術箱用意しといて」
「ああ、分かった。キャンプの準備ができたら、先に湖まで行ってもいいんだろう?」
「うん。現地集合オッケー。じゃーまたあとで」
すっかり忘れ去られていたコンパス君はきっと、地下牢で冷たい床に頬をつけて眠っていることだろう。
ペルシャは見慣れた景色の帰路をいつもよりじっくりと見回しながら、わざとゆっくりと歩いた。患者に罪はないが、エリックを殺されかけたことへの軽い仕返しのつもりで。
*
「あれ? 【どんなテントでも組み立ててあげるよ人形】とかって、作ってないわけ?」
サクッと領域の書き換えを完了し、食料を持って約束の場所へ到着したペルシャは、テントの組み立てに苦戦しているエリックへと声をかけた。
その後ろでは、クリスが「がんばれ! がんばれ!」と応援している。
「そんなものは無い。なにせ屋敷からほとんど出んからな……だが、今後の為に作ることを検討しておく」
「やーい、引きこもリロリ~ン」
「やめろ、変なあだ名をつけるな。力が抜ける……っと、完成だ」
支柱の固定ピンを地面に打ち付けて、エリックは立ち上がり額の汗を拭った。
「どうだ、私もなかなかやるだろう?」
得意気に振り返った彼の後ろで、ピンは土を抉りはじけ飛び、バサバサと音を立ててテントは崩れた。
「ほんと、なかなかやるねっ!」
ペルシャは笑いながら指を鳴らす。
ひとりでに支柱が立ち上がり、布がたわみなく張られ、固定ピンがしっかりと地面に刺さる。あっという間に、エリックが張ったものより立派なテントが完成した。
悔しそうな顔をしたエリックがピンを引っ張ってみるが、ピクリとも動かない。完全に固定されている。
「エリックさん、大丈夫ですよ! テントが張れなければ寝袋で生活すればいいんです!」
クリスの的はずれな励ましが、追撃となってエリックにとどめをさした。
夜。焚き火を囲んで、持ち寄った食材でささやかなパーティが開かれる。
パンと、魚と、フルーツと。街まではそう遠くないので、長期保存食は必要ない。
魔術剣で魚を焼く腕前を披露しようとしたペルシャを、エリックは力づくで止めた。
「絶妙な焼き加減で食わせてやるのに」
という反論は、少し魅惑的な文句だった。
「クリスはさ、前世のことは思い出したみたいだけど、今世のことはどうなの? 名前とか、生い立ちとか」
ちぎったパンを口に放り込みながら、ペルシャが尋ねる。
「うーん。断片的になら、なんとなく、ふんわり、思い出したような思い出さないような……。名前は、思い出せないです。だいたいいつも『おい』とか『お前』とか呼ばれていましたから。魔法がうまく使えなくて、あの、その……」
言いづらそうに俯いていく。
「あー。いいよ、言わなくても。俺達だって人に言えるような立派な人生は歩んでないから。エリックなんてその典型だよ。魔法が使えないからって親に捨てられ、それを拾った俺の両親は現界化した夢魔に殺され、ついでに腕もぶっ飛ばされてさー。そんでそれを、機巧で補って村人に気味悪がられてんの」
な? 不幸自慢でこいつに勝てる奴ってなかなかいないよな? とクリスに向けて同意を求める。横からエリックが、
「おい、なんで自分の人生を語らず私の人生を語るんだ。それに機巧は役に立っているだろう? 私の作った機巧でお前は楽をしているじゃないか。魔術剣だって、魔術箱だって……」
と怒りはじめると、
「ごめんなさい。それって私のせいですよね。私がエリックさんの回路をもってるから……ふええ」
クリスが泣いて謝りだす。
そうするとエリックが慌てて、
「いや、違う。クリス、君は悪く無い。悪いのは私の前世だ。そもそも私が蘇生術など使わなければ、君が何度も死ななくてよかったのだし……」
「それを言うなら私が最初に死ななければ」
「おい、イチャつくならよそでやってくれよ!」
誰ひとりとして酒を飲んではいないのに、まるで酔っぱらいの宴会のような食事風景。その後調子に乗ったペルシャが飛ぶ斬撃でリンゴをウサギにする芸当を披露したり、エリックの機巧の腕をロケットパンチにする案を提唱してみたり。
どんちゃか騒ぎはしばらく続く。
「とにかく」
と、少し落ち着いた頃合いを見計らって、ペルシャは言った。
「俺達の目的は一致してる。夢魔を倒す。俺とエリックの探し求めてた仇は、数百年前からずっとクリスと因縁のあるやつだった。俺達があいつを倒せば、クリスも永劫回帰とやらから抜け出せる」
だから、早く来いよ。
その願いを口に出そうとした瞬間、不敵に笑うペルシャを照らす焚き火が風も無いのに突然消えて。
辺りが暗闇に包まれ――
敵が、来た。




