case43
2回データとんで先月の終わりに間に合いませんでした(絶望)
アイリスを夕食に誘った翌日、いつも通りカウンターに突っ伏していた。
理由として帰り際に珍しい物を次は持ってくるという言葉に不安を感じていたからである。
「マスター。ギルドから手紙が来てますよ」
「へ?」
予想もしなかった相手からの手紙に驚きを隠せない神原。
それに構わず封を切り、内容に目を走らせる。
「要約すると伺ったギルド長殺害容疑の件は不問にするとの事です」
「了解。保管しといてこの話は終了」
「承りました」
再び突っ伏そうとする神原のすぐ隣に湯気の立つカップがおかれる。
「お疲れの用ですね、りんさん」
「ルシアか。シエスタはどうした?」
「近所の見回りと外の住人にご飯を出してました」
「後で礼を言っておこう」
お隣失礼しますと断ってから、神原の隣の席に着く。
優雅に自分のカップに新しく湯気の立つ紅茶を注ぎ、香りを楽しむ。
「何か用か?」
「いえ、特には」
ルシアにつられるように自らもカップに注がれた紅茶の香りを楽しむ。
十分に香りを楽しんだ後、それに口をつける。
「ふぅ……」
「いかがですか?」
「美味い。ただ美味いとしか言えない」
「ならよかったです」
そのまま2人で静かに紅茶を飲む。
グルジアはジュノとスリアと共に買い出しに行き、ピナカは帳簿と格闘している。
静かで、それでいて心地よい空気がグロッティ内を満たす。
しかし、そんな空気の中場違いな電子音が鳴り響く。
「ピナカ?」
「失礼。確認して参ります」
「何があったんですか?」
席を立ち、確認に向かうピナカを不安の混じった瞳で見送るルシア。
その発言に対し、神原は一言こう答えた。
「厄介事でしょうな」
いつもと変わらない様子でピナカを待つ神原を見て、少し冷静になるルシア。
しかし、慌ただしく戻って来たピナカの報告で背中に氷柱を入れられたのではないのかと錯覚した。
「マスター。緊急事態です」
「要点のみ、簡潔に頼む」
「スリアちゃん達が危険です。現在シエスタさんが一緒に居ますが依然危険な状態です」
「すぐに向かうと伝えてくれ」
「お待ち下さいマスター」
扉の方に走り出す神原をピナカが止める。
「緊急事態なのはスリアちゃん達だけではありません」
「他にもあるのか」
「ミドガルズ本島に来客です」
「その客は後回しだ。まずはスリアとジュノの救助からだ」
「かしこまりました」
すぐに準備を済ませ扉に向かう神原とピナカ。
後にはルシアのみが残されていた。
「私またお留守番ですか……」
1人寂しく扉の看板をクローズに裏返して店内で神原達の帰りを待っていた。
◇
露店の立ち並ぶ市場に人集りが出来ていた。
その中心にはジュノ達3人とシエスタが3人の男と対峙していた。
「どうか退いて貰えないだろうか」
「そいつは出来ない相談だ嬢ちゃん」
互いに獲物を構えながらシエスタの提案は一蹴される。
グルジアは自らの獲物に手を掛け、ジュノはシエスタの背後で静かに神原から貰った短剣を抜く。
「どうする嬢ちゃん?」
「どうするとは?」
「大人しく嬢ちゃんが俺達に付いてくるか、ここで血を見るかだ」
「なるほど」
スリアを守るようにシエスタ、ジュノ、グルジアは円状に広がる。
その回りを同心円状に囲む男達。
「答えはこれだ」
「ほぅ……」
「今ならば引くと言うなら見逃すぞ?」
「ぬかせ」
お互い相手の出方を伺いながら、言葉を交わす。
その様子を見ていたジュノはこう思っていた。
(向こうはそれなりの男が3人。武器は全部ロングソード)
この場から活路を開くための手段を模索する。
(こっちはロングソードが2本と大きめの短剣1本。あと、戦えない少女が一人)
じりじりと男達とジュノ達の距離が縮まっていく。
(どうする?りん兄からは緊急時に短剣の柄を押せばすぐに向かうって言われてるし、それは既に押した。残るは時間稼ぎだけ……)
後3歩踏み込めばお互いの間合いに入るほど彼我距離は近付いていた。
(後少しだけ……少しだけ時間稼ぎをしなきゃ。その為にはこいつらの注意を逸らす何かが要る)
必死に思考するジュノに構わず縮まる距離。
彼我の距離が縮まるにつれジュノの焦りは加速していく。
(どれも注意を逸らすには弱すぎる。りん兄が無茶をしてもここまで来るのに後15分はかかる……)
静かに、だが確かに短剣を握る手に力が入る。
(3分だけ耐えれば良いだけの話。後のことは考えなくていい)
ついにお互いの間合いに相手が入り、各々の獲物が振るわれる。
3人の男達は経験を積んだ者独特の戦場での殺しの剣術。
対するシエスタは守護の為の剣術、グルジアは経験に基づくシンプルな剣術、ジュノはミドガルズ独特の短剣術で各々相対する。
周囲を囲む人集りは更に距離をとり、賭を始める者までいた。
金属同士がぶつかり合う甲高い音。
回りを囲む人々の声。
本人達からすればその15分間は永遠にも等しい。
シエスタとグルジアの2人に比べ、体力的に劣るジュノにとって限界が来るのはそう遠く無かった。
(不味い…だんだん追いつかなくなってきた)
迫る刃を避け、往なし、反撃に転じるが最初の頃とは速さが劣る。
だんだんと圧されじりじりと後退するジュノにその時が訪れる。
キンッと澄んだ音を立てジュノの手から短剣が離れる。
咄嗟に腰に挿した予備のナイフに手を伸ばすが、首に伝わる冷たい感覚に動きが止まる。
「動くと首と胴体がお別れしちまうぜ」
シエスタとグルジアも攻撃の手を止めるが、視線は相手から外さない。
「よぅし。全員武器を捨てな」
「シエスタ!私ごと殺りなさい!」
シエスタは一瞬、逡巡するがゆっくりと武器を地面に下ろしグルジアもそれに倣う。
「シエスタっ!」
「すまない……その願いは聞けない」
「くっ」
「おうおう。良い仲間じゃねぇか。えぇ?」
シエスタとグルジアの手から武器が離れた事により不気味な笑みを浮かべる3人。
「武器を手放したぞ」
「我々はどうなっても構わないが、後ろの少女だけは見逃して貰いたい」
目の前で手荒に抑え込まれるグルジアとシエスタに己の非力さを呪うジュノ。
「そいつは出来ない相談だな」
「…お願いあの子だけは助けて」
目の前の男に一縷の望みをかけ懇願するジュノに対し、しばし考えこむと1つの提案を出す。
「ほほぅ……ならば選べ」
生かす方をな…と言う言葉と共に抑え込まれた2人とジュノの間にナイフが刺さる。
「男か女どちらかを殺せ。そうしたらガキは生かしておいてやる」
2人のうちどちらかの命と引き換えにスリアの命を救う。
ふらふらとおぼつかない足取りで、手に取ったナイフは両手で握らなければ震えてまともに持てない程だった。
まるで2人の命がその手に載せられているように錯覚する。
「早くしろ!」
「……」
(感覚的に15分は確実に過ぎている。後はりん兄が着くまで時間稼ぐしかない……)
ナイフを片手にジュノは向かった。
(人体で傷をつけたら不味い場所を全部避ける事は不可能だ)
静に目を閉じるグルジアとジュノを見つめるシエスタ。
2人を交互に見ながら足をゆっくりと進める。
(なら腹部右側を避けて、横隔膜も避ける事)
そしてジュノは目的の人物の目の前に立つ。
「そうだ。それでいい」
「ごめんなさい……」
シエスタの目の前に膝立ちになり、謝罪の言葉を口にする。
シエスタはどこか諦めた口調であった。
「私は何処を刺されるんだ?」
「……この人を膝立ちにして」
手荒に上半身が立たされ、ジュノがシエスタを見上げる。
シエスタと視線が合うが彼女の目は口調と違い、絶望を瞳に映しだしていなかった。
むしろ活路を見出した瞳だった。
「シエスタ。貴女の事は忘れない」
「……早くやってくれ。獲物が逃げるぞ」
「そうだね。そろそろだもんね」
じゃあね、シエスタ
ナイフが振り下ろされ、女の悲鳴が辺りに響き渡る。
そこには血を流すシエスタと立ち尽くすジュノ。
そしてそれらを囲む人々の輪があった。