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君と暮らす退屈な日々  作者: サクラギ
≪第一章≫
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>4

 地下の奥にある部屋の扉は、細長い板を縦に組んだ造りになっている。その隙間から薄明りが漏れ出し、階段下を照らしている。


 一族は夜目が利くから明かりを必要としない。明かりを利用する場合、雰囲気の演出でしかなかった。それは印を得た人も同じだ。明かりなど無くとも行動できる為、明かりの用意をしているのも不思議なくらいで、部屋に明かりが灯されているのは不自然だった。


 コウヤの持つ違和感はそれだけでなく、懐かしいような香しい匂いが部屋の奥から漂っていることにもあった。


 ゲンゾウは咳払いを二つしてから扉を開け、コウヤを振り返り、奥へ通した。

 コウヤは警戒しながら扉の前に立ち、奥を見てすぐにゲンゾウを見上げる。


「大丈夫だ、入ってくれ」


 “人”がいた。

 香しいと感じたのは、久しぶりに嗅ぐ“人”の匂いだからだ。

 印を受けた人からは人の匂いがしないのだと、“人”を目の前にし、そう思った。


 ゲンゾウの部屋には、扉の反対側にベッドがあり、壁際に寄せた机と椅子、小さな棚がある。棚の上に油差しが置いてあり、垂らした紐の上部に火が灯っている。


 ほんのりとした明かりの中、扉が開く前まで椅子に座っていたのだろう、身構えた格好の男がひとり、椅子の前に立っていた。


 コウヤはゲンゾウに肩を押され、奥に一歩進み、一緒に入ったゲンゾウが後ろ手で扉を閉める。


「座ってくれ」


 ゲンゾウは男に向かってそう言い、コウヤの肩を押して奥へ促す。

 コウヤは、ゲンゾウと共に、ゲンゾウのベッドに腰を下ろした。位置はゲンゾウと男がはす向かいになり、ゲンゾウの横、男とは遠い位置にコウヤとなる。


「なぜ人がここにいる? アード当主に気づかれたら、ゲンゾウだって何をされるか……」


 ゲンゾウの袖を引き、小声で告げたコウヤだったが、ゲンゾウは薄らとした笑みを見せる。


「いいんだ、コウヤ。それは承知の上だからな」


「コウヤ? その子どもがコウヤなのか?」


 男が食い入るようにコウヤを見る。驚きの表情を見せた男の視線は、コウヤの首筋で留まっている。


「これがそんなに気になりますか」


 コウヤは首筋に手を当て、男の視線を見返した。


「いや、……そうだな。挨拶もせず、失礼をした。私はメイディ島から来た、エンジュという。島はアード管轄区にある。私は、アードと島民との物資受け渡しの仲介のような仕事をしている。位は島主護衛の兵長だ。ここへは小麦を輸出していて、その際に訪れるアード一族の者から、大陸の状況を聞くことがある。その中に君たち兄妹の話もあり、ゲンゾウとも内密に手紙のやり取りをして、君の話を聞くことができた。そこでぜひとも協力して欲しいことがあり、こうして密航して来た」


 じっとエンジュという名の男の顔を見つめていたコウヤだったが、エンジュが言葉を切った瞬間に立ち上がり、視線を逸らした。


「話は聞けない。俺を頼られても困る。俺はアード当主に妹を預けている。裏切ることは許されない」


 固い声が出る。

 人が大陸に紛れ込んでいることなど、アード当主にはお見通しだろう。コウヤにでさえ特別な匂いが感じ取れるのだ。一族の中にも敏感な者がいる。アード地区であるから、すぐに殺されはしないだろうが、殺されても文句の言えない状況だろう。


「落ち着け、コウヤ。ここならまだ海に近い。時折、人が物資を輸送して来ることもある。一日くらいなら見逃して貰える。話だけでも聞いてやってはくれないだろうか。それにコウヤにも必要となる時が来るんじゃないのか? 印を消した後、人に戻りたいと言っていただろう?」


 ゲンゾウは、コウヤの腕を取り、お願いだというような表情でコウヤを見上げた。


「君の不利になることはしない。話終わったら、すぐに船へ戻ると約束しよう。だからしばしの間、話だけでも聞いてはくれないだろうか」


 エンジュの瞳が懇願するような色を浮かべ、コウヤを見つめている。


 エンジュは、程よい筋肉のついた体格をしており、艶のある黒髪が短く頭部を覆い、耳下、襟足を出すほどの長さで切られている。日に焼けた肌と黒い瞳は精悍な印象を受け、薄い唇が厳しさを感じさせる。


「……俺は、自分のことで精一杯なんだ」


 コウヤはそう言いながらも、ゲンゾウの引く手に従い、ベッドに座りなおしていた。

 エンジュが安堵のため息をつく。


 コウヤは、危険を冒してまで大陸に来た勇士を考え、話を聞くだけならと思ってしまった。もしこの状況がアードに知れ、当主の機嫌を損ねていたら、エンジュは死を覚悟しなければならない。最悪、有印種にさせられるのだろうが、それでも人ではない者になってしまう。


「ありがとう」


 エンジュは寂しげな笑みを見せた。


「君が人に戻りたいと思っているのだと、ゲンゾウに聞いた。その方法を探しているのだとも。……君のいた島がベレスに焼き尽くされた話は、一族の者が噂していた。私の島も、アードの加護がなければ、同じ運命をたどっていたかもしれない。アード当主は人寄りの思考をしている。他の種族とは違う。人を受け入れる気持ちはあるのだろうか」


 時を惜しむように、エンジュは早口で話始めた。


「何を言っているんだ?」


 コウヤは自身の声が震えていることに気づいた。

 過去を持ち出されたからかもしれない。アード当主を侮るような発言をされたからかもしれなかった。


 コウヤは膝の前に置いた両手を固く握りしめた。


「アードは人じゃない。加護って何? アードは神じゃないよ。利害が一致するから甘い顔を見せているだけだ。甘く見ない方が良い。よく人のまま、この大陸に踏み込めたものだね。俺でも、印を持っていても、街を歩くのが怖いよ。アードが一言、殺してしまえと告げるだけで、簡単に肉に変えられてしまう。……早く帰った方が良い。島が何時までも安全であるなんて、思わない方が良い」


 コウヤは震えながら言葉を紡ぐ。

 脳裏には、一族の冷たい視線が蘇っている。あれは同じ言葉を使い、似たような姿をしているが、人ではない。それがわからないのは、彼らの表面しか見ていないからだろう。


 目の前で肉に変えられ、捕食されて行く状況に立ち会えば、あれを信じることなど出来はしない。


 コウヤは荒い息を吐きながら、冷静さを取り戻すべく、両手を見つめた。


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