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君と暮らす退屈な日々  作者: サクラギ
≪第三章≫
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>2

 自分以外の存在を感じる。

 それは感覚の中に忍び寄る他者の概念のようなもので、はっきりと存在するというよりは、意思を、思考を見せつけられているようだった。


「……アード」


 泣いている姿など見られたくはなかった。

 コウヤの内側に流れて来るアードの感情は、侮蔑、嘲り、少々の同情だった。


 それと同時に迫りくる血の匂い。

 濃く、強く香るその匂いは、以前の殺戮を思い起こさせ、条件反射のように気分が悪くなるものだった。しかし、喉が鳴る。唾液が溢れる。

 その変化は、コウヤを混乱に貶めたが、感情で自身を操作するなどできず、血の匂いに食欲を見出したコウヤは、抗うようにシーツに顔を埋めた。


 アードの静かな笑い声が届く。

 ベッドに座ったのだろう、コウヤの右側が緩く沈み込んだ。


 アードの感情、思考が頭の中に入り込んで来る。

 耳を塞いでも、目を閉じても、それらは勝手に侵入を果たし、コウヤの思考の中を駆け巡った。


「なぜですか」


 詳細を聞く必要はなかった。

 体に纏わりつかせた血の匂いの意味を聞く必要もない。

 それらはすでに情報としてコウヤの中に入り込んでいるからだ。


 アードが手を伸ばし、ベッドに広がるコウヤの長い髪のひと房をすくい上げ、唇に寄せた。


「髪も、瞳も、肌の色も、全て私と同じ」


 抜けるように白い肌、長く背を覆うほどの金の髪、何もかもを見通す青い瞳。誰よりも美しく妖艶に映る姿。全てアードの持つ特徴と同じだった。


「……だけど、魂は違う。俺は俺だ。あなたとは違う」


「どう主張しようとも、おまえはすでに力を得ている。私の感情が手に取るようにわかるだろう? 流れ込む情報を遮断する術がおまえにはまだない」


「いらない……こんな力、欲しいなんて俺は望んでない」


 侮蔑、憤り、羨望。

 全てをコウヤに与える為に、アードは策略し、見事その想いを遂げたはずだ。

 これはアードの望み、そのもののはず……。しかし、アードの根底にあるものは、羨望。コウヤを羨み、嫉妬する心。


「私の全てを見通すことができた今、おまえの中にあった偽りの過去も、現実のものに塗り替えられた……そうではないのか?」


「……偽りの、過去」


 優しい両親の腕の中で、幸せに包まれて過ごした日々。温かな日々が儚く消えた。


「俺の為にそうしたと?」


「言わずとも知れる」


 フッと、息をつくアード。

 永く生き、生きる為に失ったものの数々が、哀しい感情と共にコウヤの中にある。


「私と同じ細胞を使用し、同じ方法で創られたおまえの魂は、いったいどこから来たのだろうな」


「……知らない……知りたくもないのに……ユズナ……」


「アードの刻印を施さずとも、おまえは存在そのものがアードだ。いや、私には他族の刻印を所有する術はない。私を凌ぎ、さらなる高みへとおまえは向かうのだ」


「……嫌だ、やめてくれ、そんな未来、欲しくない……」


 コウヤはシーツを握り込み、背を丸め、消えたいと願う。

 己の存在がユズナを苦しめ続けていた。

 己の存在こそが、人としての幸せを遠ざける。


 人でありたいと願っていた。

 静かな場所で、豊かな自然に囲まれ、ユズナと共に生きる。

 幸せに包まれ、温かな希望を胸に、生きて行ける世界を望んだ。


 ……それなのに。

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