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自分以外の存在を感じる。
それは感覚の中に忍び寄る他者の概念のようなもので、はっきりと存在するというよりは、意思を、思考を見せつけられているようだった。
「……アード」
泣いている姿など見られたくはなかった。
コウヤの内側に流れて来るアードの感情は、侮蔑、嘲り、少々の同情だった。
それと同時に迫りくる血の匂い。
濃く、強く香るその匂いは、以前の殺戮を思い起こさせ、条件反射のように気分が悪くなるものだった。しかし、喉が鳴る。唾液が溢れる。
その変化は、コウヤを混乱に貶めたが、感情で自身を操作するなどできず、血の匂いに食欲を見出したコウヤは、抗うようにシーツに顔を埋めた。
アードの静かな笑い声が届く。
ベッドに座ったのだろう、コウヤの右側が緩く沈み込んだ。
アードの感情、思考が頭の中に入り込んで来る。
耳を塞いでも、目を閉じても、それらは勝手に侵入を果たし、コウヤの思考の中を駆け巡った。
「なぜですか」
詳細を聞く必要はなかった。
体に纏わりつかせた血の匂いの意味を聞く必要もない。
それらはすでに情報としてコウヤの中に入り込んでいるからだ。
アードが手を伸ばし、ベッドに広がるコウヤの長い髪のひと房をすくい上げ、唇に寄せた。
「髪も、瞳も、肌の色も、全て私と同じ」
抜けるように白い肌、長く背を覆うほどの金の髪、何もかもを見通す青い瞳。誰よりも美しく妖艶に映る姿。全てアードの持つ特徴と同じだった。
「……だけど、魂は違う。俺は俺だ。あなたとは違う」
「どう主張しようとも、おまえはすでに力を得ている。私の感情が手に取るようにわかるだろう? 流れ込む情報を遮断する術がおまえにはまだない」
「いらない……こんな力、欲しいなんて俺は望んでない」
侮蔑、憤り、羨望。
全てをコウヤに与える為に、アードは策略し、見事その想いを遂げたはずだ。
これはアードの望み、そのもののはず……。しかし、アードの根底にあるものは、羨望。コウヤを羨み、嫉妬する心。
「私の全てを見通すことができた今、おまえの中にあった偽りの過去も、現実のものに塗り替えられた……そうではないのか?」
「……偽りの、過去」
優しい両親の腕の中で、幸せに包まれて過ごした日々。温かな日々が儚く消えた。
「俺の為にそうしたと?」
「言わずとも知れる」
フッと、息をつくアード。
永く生き、生きる為に失ったものの数々が、哀しい感情と共にコウヤの中にある。
「私と同じ細胞を使用し、同じ方法で創られたおまえの魂は、いったいどこから来たのだろうな」
「……知らない……知りたくもないのに……ユズナ……」
「アードの刻印を施さずとも、おまえは存在そのものがアードだ。いや、私には他族の刻印を所有する術はない。私を凌ぎ、さらなる高みへとおまえは向かうのだ」
「……嫌だ、やめてくれ、そんな未来、欲しくない……」
コウヤはシーツを握り込み、背を丸め、消えたいと願う。
己の存在がユズナを苦しめ続けていた。
己の存在こそが、人としての幸せを遠ざける。
人でありたいと願っていた。
静かな場所で、豊かな自然に囲まれ、ユズナと共に生きる。
幸せに包まれ、温かな希望を胸に、生きて行ける世界を望んだ。
……それなのに。




