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君と暮らす退屈な日々  作者: サクラギ
≪第二章≫
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【7】 薄月光

 夜の闇に紛れ、桐原と共に東都区を出る計画は、予想していた一族の襲来ではなく、“人”により阻まれた。


 波の音と船の汽笛が響いて聞こえる港には、潮の香りが満ちている。風はまだ冷たく感じられ、海風は髪を巻き上げるほどに強い。


 コウヤの乗る船は、連れて来られた船と同じ。乗って来た船のナンバーまでは覚えていないが、同行者の中にエンジュの姿があったので、まったく同じ船なのだろうと予想できた。


 船に乗り込むタラップを目の前にすると、まぶしい光と共に、激しい音が空に響いた。さらに強くなった風に吹き飛ばされそうになりながら、光と風から顔を守るように腕をかざし、空を見上げる。


 闇の中にライトを向ける空を飛ぶ乗り物が、激しい風を巻き起こしながら、上空に停滞し、コウヤを照らし続けている。


「早くこちらへ」


 桐原がコウヤを抱え、船のタラップに誘おうとすると、以前にも聞いた発砲音が聞こえ、船の壁面に穴を開けた。


「動くな! 動けば撃つ!」


 男の叫び声が聞こえる。

 その方向に視線を向けると、無数のライトを付けた箱型の乗り物が港に乗り付け、コウヤの行動を阻むように、半円を描く形で止められており、ドアを開けた状態で人がコウヤの方へ銃を向けている。


 ガーガーと聞こえる無線の音。誰かの声が響き、それに対応するように人が動いていた。

 身を守る壁を張りながら、その向こうに人が並び、コウヤたちを囲う。その囲いの向こうに、この組織の上層部の者だろう。守られながら、しかし、コウヤたちに敵意を見せる。


「勝手が過ぎたな、桐原ぁ」


 眩い光の向こうでは、声の主の姿まで見えなかったが、桐原はその声だけで人物がわかったのだろう。一瞬にして険しい表情になる。


「西園寺! なぜおまえが」


 風に顔を覆いながら、桐原が叫ぶ。

 轟音の中、風に晒され、光に侵され、それでも気丈に顔を上げ、コウヤを背に守りながら、桐原は西園寺と呼んだ相手を睨みつけていた。


 桐原たちに武器がないことを確認したのだろう、西園寺は銃を構えながら桐原との距離を詰め、3メートルばかり離れた場所まで歩いて来た。

 そうしてやっと声の主の顔が見えた。

 彼はコウヤが東都区に初めて連れて来られた日、才馬首相の後ろに控えていた者のひとり。桐原を嘲る表情で見た、桐原の同僚だった。


「なぜだと?」


 声の中に、西園寺の嘲りが見える。


「おまえ、俺を出し抜けるとでも思っていたのか?」


 上空の光が離れて行く。それと共に轟音も遠ざかり、代わりに陸の方から眩しい光が方々からコウヤへ集中した。


 西園寺の銃を持たない手があげられると、タラップが落とされ、コウヤたちを乗せないまま船が出港し、港の桟橋の上に、身を守るすべのない状態で残された桐原とコウヤは、狭まる包囲網の中で立ち尽くすしかなかった。


 それでも桐原は笑っている。

 コウヤは状況の把握もできないまま、ただ、大陸へ渡れなくなるのかと悔しさが勝る。


「残念ながら法により、おまえをここで撃ち殺すことはできないが、少し傷つけるくらいなら許されるかな?」


 西園寺の嘲り笑う声が響く。


 桐原はそれを受け流し、不敵に笑み続けていた。


「やれば良いさ、西園寺。だが、それで終わると思うな」


 西園寺の指先が銃の引き金に載る。


「コウヤ、泳げるか?」


 桐原が初めてコウヤの名を呼んだ。

 それはやっと耳に届くくらいの小声で、コウヤは注意深く耳を傾けた。


「残念だな、5つの刻印を揃える姿を間近で見たかったよ」


 コウヤを斜に向けて笑った桐原は、背でコウヤを押して海に落とす。


「誓約を忘れるな!」


 港に銃声が響き渡った。

 それと同時に人の悲鳴が重なる。


 海に落ちる瞬間、港に見えた光景は、種族が人を襲う、最悪の場面だった。


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