【2】 The price of a life
大陸は、南北に長い形をしている。
その広い大地を4つに分断するように、巨大な穴が3ヶ所あり、穴を囲うように、削られた地が起伏して山になっていた。穴は深い。闇がどれだけ続くのか、底には毒に侵された水が溜まり、嫌な匂いを立ち上らせている。
その分断された裂け目を利用するように、北から、バラム、セバル、ストラ、アードと、4つの領区が形成され、それぞれに領地と同じ名を持つ当主が立ち、一族を統括している。
アード領区は、最南に位置し、深い穴を囲う山状の地と繋がる山脈の南、アード領区の中央に位置する山のなだらかな斜面にアード城を置き、城を中心としてU字状に一族の住処がつくられ、過去、海に削られた、むき出しの砂地を越えた海との境界に、一族とは別の、人を一族化した、一族に“有印種”と呼ばれる者たちが暮らす街がある。
コウヤは、一族の住む地区の南南西に位置する、過去に滅んだ廃墟の建物を利用し、バジルと共に住んでいた。
一族の者は、一時の住処を作ることはあっても定住することはなく、命の期限がないからか、生きる場所に執着はなく、広くアードであるという仲間意識はあっても、個々で群れを作る意識はない。
飲み食いせずとも生きられる生を持つと、性質、生活、全てにおいて怠慢になる。性においても同様で、人とは違い、男女の行為で子を成す機能も欠落している為か、恋人、婚姻という概念はない。代わりに支配欲は旺盛で、時に共食いをし、人を道具のように扱う者などが多数いた。
一族の欲する者の基準は、美しさではなく、血の香りの中にある独特の何かと、従順な性格、肉の柔らかさなど独特だったが、それらもまた、一族個々に好みがあり、一概に何が優先されるとはいえなかった。
コウヤはごく普通の子どもだった。
薄茶色の髪も、髪と同様の茶色い瞳も、日に焼けた肌も、コウヤのいた島では珍しくもなく、顔の作りも平均的で、目立って何が良いというわけでもない。
あの日、劫火の中で、ヘイズ=ベレスの目に留まったのも偶然でしかない。
ユズナにしてもそうだ。ユズナは泣き虫でか弱く、コウヤの後ろに隠れ、他人と目を合わせることでさえ躊躇うような性格だった。取り立てて美しい訳でもなく、美しくなるだろうとする要素さえありはしない。
島の中でも目立たない、普通の家柄であったのだから、特別視される理由はない。
最初に訪れた一族がベレスではなく、アードであったなら、島が焼かれることもなかったし、むやみに喰われることはなかったのだ。
今更考えても仕方がないと、考えを変えるように、頭を振った。
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コウヤは一族の暮らす街を出て、荒れた砂地を歩きながら考えている。
一族とは何か。なぜ一族だけが大陸に残り、特別な力を持っているのか。
しかし、考えても答えはみつからず、ただ、この状況が現実であるのだと、戻ることはできず、ただ小さな一歩を踏み出しながら、取り戻せない幸せを踏みにじったベレスを憎みながらも、いつか人として生きて行ける場所を、方法を模索して行くしかないのだと顔を上げる。
アードは敵か味方か。
生きる場所を与えてくれているアードは恩人なのかもしれない。けれど一族は一族で、性質は人に近いのかもしれないが、人でありたいとするコウヤとは別である。ふとした瞬間、同じ目線でいる自身を感じ、これではいけないと思い直す。
優しく接して来る裏側の顔を、人を喰い、命の限りを持たない彼らを、頼り続ける訳には行かないのだと強く思う。
身勝手に仮の刻印を与えられ、人とは異質な存在にされてしまっても、心までをも売り渡すことはできない。父や母と同じ人でありたいと願う。願いを叶える為に復讐を誓い、その方法を得る為に動かなければならなかった。