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コウヤは、桐原を睨みつけながら、静かな声を出した。
「エンジュは、一族を一掃すると言っていた。それは全ての人が考えていることなのか?」
コウヤにとって一族は脅威だった。
復讐の相手でもある。
しかし、人という者たちの行いは、コウヤの望んでいたものと同じである筈なのに、同じとは思えない何かがあり、それが何であるのかわからなくなっていた。
桐原は、コウヤの挑戦的な視線を受け止めながらも、それに対抗する意思はないのだとするように、表情に微笑を張り付けている。
「エンジュとは誰のことですか?」
「エンジュは、俺をここに連れて来た奴らを率いていた者だ」
「……そうですか」
桐原は、考えるように小首を傾げ、メガネの淵を指先で押し上げた。
「あなたをここに連れて来た者たちは、あなたを連れて来るよう金で雇われた者たちですよ。そんな人の言う事を真に受けない方が賢明だと思いますが……」
桐原のはぐらかすような話し方にイラついたコウヤは、苛立ちを示すように声を荒げた。
「そんなことはどうでも良い! 何を考え、俺をここに連れて来たのか話せよ」
「……なぜ連れて来たのか、ですか。それはアード当主が何を考え、今後どう動くのかを知る為です。そんなことは聞かなくともわかっていると思っていましたが」
「違う!」
後ろ手でガラス戸を叩けば、たわんだ音が響いた。
強化ガラスは、コウヤの力を吸収して跳ね返して来る。怒りの矛先を物へ向けたぶん、その成果が得られなかった鬱憤が、よりコウヤを苛立たせた。
「そんなことはわかってるよ。そうじゃなく、俺を利用しようとしているんだろ? どう利用しようとしているのか、教えろって言っている」
コウヤが激高しても、桐原は軽く流している。大人の対応と言うべきか、取るに足らないと思われているのか。そのどちらもだと思えた。
「私に食って掛かられても、何の効果もありませんよ。残念ながら私は、あなたと話すことさえ仕事のうちだと思っていますので、仕事以上の返答を望まれても困ります。……あなたは、基本的なこの国のあり方がわかっていないように思えますね」
コウヤは、喉を鳴らし、怒りを飲み込んだ。
喧嘩腰で挑んでも、相手は何一つかわらない。コウヤと真剣に向き合う意思がないのだ。何を言ってもかわされ、受け流される。
「……俺はものを知らない。大陸にいた時だって、自分は一族と違うと反発していた。アード当主と話したことだって数少ないから、あなた達の望む答えなんて持ち合わせていない。……けど、知らなきゃダメなんだ。自分がどうしたいのかわからないと、ベレスとも、アードとも、戦えない」
怒りを収め、拳を握りしめることで耐え、奥歯を噛み締め、願うように言葉にした。
気に入らないからと言って反発をし、相手を遠ざけていては、この先何も変わらないということだけはわかった。物を知らないことが、この先に必ず来る選択を間違えてしまう後悔が不安として胸にある。
「そういえば、あなたのベレス印は仮のものだそうですね。刻印のあり方も、私たちは曖昧にしかわかっておりませんから、その点においても、あなたは我々の資料となります。……そうですね、多少なりとも利点があると考えられるのならば、その分の報酬として、教えて差し上げても良いかもしれませんね」
独り言のように呟いた桐原は、やっとコウヤと向き合う気持ちになったのか、微笑んでコウヤを見た。
コウヤは、桐原の興味を惹くことが出来たとわかり、内心安堵していた。
それがどういう結果に繋がって行くのかはわからなかったが、小さな一歩を踏み出せたことだけは感じられていた。
桐原は、数歩下がった場所の壁際に背を預け、腕を組んだ。壁から張り出したダクトが良い肘掛けになっているようだ。
コウヤもまた、ガラス戸に背を預け、警戒心を解いたというような態度を取り繕っている。
「エンジュという男の住む島は、元はアメリア領の島国でしたから、大陸が滅んでも、島は他国から見放されています。運良くアード領区に入っていますが、他国の援助が無ければ生きて行けません。ですから、あの島の者たちは、様々な国の汚れ仕事を請け負っているのです。その仕事のうちのひとつが、あなたをアードから奪って来るというものでした。要は、金目当ての犯行ということになりますね」
微笑んで見せた桐原は、コウヤの為に運んで来たトレイの上の、グラスを取り上げて口に運んだ。
「私もまた、金の為に、この仕事に就いています。少し違いますね。アード領区である、東都地区で暮らす権利を得る為に、才馬首相秘書という肩書を得たのです。この国は、地区ごとに別種族が管理している状態にあります。ですから、こういったごく普通の情勢を保っているのは、東都区を中心とする3区のみで、他地区は残念ながら酷い有様です」
コウヤは、桐原の話を聞きながら、内容に引っ掛かりを覚え、どこかで聞いたことがあると考えていた。
「あなたの出生は、実に面白いですね」
桐原は、コウヤに知られないようになのか、口元を手で隠し、小さく笑った。
「俺の出生って……そんなことまで調べているのか?」
「ええ、もちろんです」
コウヤは、過去を思い出し、震えだした体を知られたくないと、ガラスから背を放し、両手を組んで堪えた。
「何も珍しい話ではないですよ。一族によって最初に消し去られた島なのですから、その話題は一時、様々な噂話と共に各国を巡りましたから」
桐原は、体勢を整え、感情を押し殺すように、仕事用の笑みを張り付ける。
「ベレスの脅威は、人にだけではなく、一族間にもあるようですね」
それは正確な情報であるのか、それとも桐原が噂話と言ったように、ねつ造されたものであるのか、コウヤは自身の経験して来た経緯であるが為に、面白おかしく伝えられているのかと思うと、人に対する憎しみさえもが重なり新たな傷となる。
「ベレスは眠っていると聞きました。あなたの出生の地、全て焼き尽くされた島で、今もなお眠り、目覚めの瞬間を待っているのだと」




