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君と暮らす退屈な日々  作者: サクラギ
≪第一章≫
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【1】 The town of AIRD

 はがねの世界、それがアードと呼ばれる一族の住処だった。


 廃墟と化した地を鋼で覆い尽くし、自然と呼べるものが一つもない世界。

 視線を馳せた先に見える山々もまた、草木の生えない死の山で、色彩というものが欠落して見えた。

 しかし、それに反するように、アードの街を行き来する人の姿は、匂い立つほどに美しい。

 着飾ることはなく、黒を中心とした服装をしているが、何より美しいのは、風に靡くほど長くした金の髪だった。それに青や緑の瞳の色。白く透き通った肌の色。


 美しい容姿をした彼らが、人でありながら人でないことを、コウヤは理解している。


 通り過ぎるさま、射るように見つめて来る視線が、コウヤの首筋に印された痕に向けられる。背筋が凍るような一瞬の狂気に晒され、視線が逸れて安堵する。


 コウヤの首筋には、骸骨形をした刻印とベレスの文字が印されている。

 幼い頃、故郷を襲った者が残した約束の印だった。


 コウヤは、鋭い視線に晒されながら街を歩き、地面から突き出したようにある建物の、鋼に覆われたドアの鍵を開け、逃げるように入った。


 部屋の内部も鋼に覆われており、壁も、床も、全てが鋼色で、何年も掃除をしていない部屋には、砂やほこりが積もっている。


 コウヤの手には、片手で抱えられるほどの箱があり、中には配給品が入っていた。


「戻ったのか?」


 部屋の奥から声が聞こえる。

 無言で部屋の奥に歩いたコウヤは、奥にある鋼のドアを開けた。


「遅かったな、襲われていないか心配したよ」


 天蓋付きのベッドは、この部屋に残されていた物を修理し、鋼の補強をしたものだ。そのベッドに寝そべり、うつ伏せの体勢でコウヤを見やる男もまた、美しい金の髪をした、青い瞳を持つ男だ。


 ウェン=アード=ヴェルシーニという名のアード当主の配下である、アードを意味する薔薇の刻印を手の甲に持つ男、バジル。長く生きる彼らに親はなく、親の代わりに当主がある。当主に印を刻まれたのち、全てを当主に捧げ、生きることが彼らの規律となる。


 コウヤは、バジルの言葉に返事をすることもなく、バジルの寝ているベッドの上に荷物を置いた。


「待ってたぜ」


 配給品の入った箱を嬉しそうに見たバジルは、すぐに身を起こし、胡坐をかいた姿勢で箱の蓋を開け、中身を掴み出した。


 配給品は、バジルの主食となる血と肉、それとコウヤの食べるパンと水だ。


 ビニール製の包みを力任せに引き裂いたバジルは、血の滴る肉をうまそうに頬張る。

 思わず顔を背けたコウヤは、箱の中からパンと水の包みを取り出すと、血のにおいの届かない部屋の隅に移動し、壁に背を預けて座り込むと、三日ぶりの食事にありついた。


「そういやぁさ、当主がそろそろ来いって言ってたぜ? ユズナが泣いてるってさ」


「ユズナが?」


 思わずバジルの方を見やり、口元を血に染めている姿を見て、食欲が遠のいた。


「……せめて、もう少し、おとなしく食えないのか?」


 床に落ちたままになっているタオルを投げつけてみれば、バジルは機敏に受け止め、にんまりと頬を引き上げた。


「そんなカスカスなもの食ってねえで、おまえも肉食えよ」


 コウヤの、過去に負った心の傷を、バジルは知っている。血肉を喰らう彼らの姿を目の当たりにし、それが生きていた人であることの恐怖を忘れられないでいるコウヤを、バジルはいつもからかって来る。


 ウェン=アード=ヴェルシーニが率いるアード一族は、当主の意思を受け継いでいる。ウェン=アード=ヴェルシーニは人を襲わない。仲間とする訳ではないが、人を食料や物だとは思っておらず、理由もなく破壊するような行為もしない。そうした性質がアード一族に継がれ、規律として存在する。


 だからこそコウヤも、アードのバジルと一緒に暮らして行ける。


 バジルは、当主付きの便利屋のような仕事をしていた。

 バジルには羽根がある。黒く大きなカラスを思わせる対の羽根だ。たたむと消えるその羽根は、自在に出し入れできるすぐれもの。だが、全ての種に羽根がある訳ではない。彼らはどういう訳か、様々なものとの配合がなされており、様々な特異があった。


「ウェンは肉を焼いて食うよ。おまえも焼けば食えるんじゃねえか? カスカスばかり食ってるから、いつまでも育たねえんじゃねえの?」


「うるさいな、黙って食えよ。臭くって食欲が失せる」


 毒づいて言えば、バジルは笑った。


「籠の鳥は美しく成長してるぜ? 何年会ってねえんだ? おまえよりも年上に見える。あれの刻印が消えたらさ、俺にくれよ。ウェンじゃなく、俺にさぁ」


 いつになく真剣な眼差しを送って来るバジルから、見限るように視線を逸らした。


「馬鹿なことを言うな。刻印が消えたら、人として生きるって決めているんだ。アードの管理区から出る気はないけど、おまえらと一緒になる気もない」


 大陸には、アードの治める地の他に、あと3つの領地がある。

 バラム、セバル、ストラの名を持つ当主が治める地であるが、それら3人の当主は、アードとは違い、いつでもベレスのように、人里を消し去ってしまえる凶暴性がある。

 アードの地が一見穏やかに映るのは、アード当主が一族を管理し、治めているからだ。


「あんなに綺麗に成長したんだ、仮の刻印が消えたら恰好の餌食になるぜ? そうなる前にアードを刻んだ方が良い。骸骨みたいな無粋な印じゃなく、薔薇の刻印は美しいだろ?」


 バジルが左手の甲を掲げて見せる。

 黒い薔薇の刻印は、バジルが羽根を広げると同時に赤く色づく。血色に染まった刻印は、その美しさを倍増させた。


「……ユズナは俺が守る」


「その細腕で? 嘘だろ。できる訳ねえよ」


 食べかけのパンをバジルに投げつけた。

 しかし、それはバジルの手の中に納まり、ぐしゃりと形を変えた。


 運動能力も彼らに劣る。いくら鍛錬をしたところで、基本にあるものが違った。

 成長したくない。成長すれば、ベレスの迎えの時が近づくと思っているからか、コウヤの成長は格段に遅い。すでに18を迎えているのだが、見た目は5つほど幼く見えた。


「だったらおまえは守れるのか? アードの配下でしかないおまえが? 俺と何が違うって言うんだ?」


「気持ちが違うだろ? おまえみてえに逃げてねえよ。俺は守るものは守る。ベレスが相手だろうが臆したりしねえ!」


 ベシャリと血肉がコウヤに掛かる。

 バジルが手にしていた肉をコウヤに投げつけたのだと理解するのに時間を要した。

 一瞬にして過去が蘇る。

 顔色を変えたコウヤを一瞥したバジルは、ずかずかとコウヤに歩み寄り、コウヤの飲み分だった水を、コウヤの頭上から流した。


「俺は、臆したりしねえよ。おまえとは違う」


 血の香りが薄れて行く。

 濡れた体にタオルが掛けられると同時に、黒い羽根がひらひらと落ちて来た。


 見上げれば、高い天井の上部にある窓が開けられ、そこからバジルが飛び去って行くのが見える。上下開閉式の窓は、バジルが飛び去って行った後、金属のぶつかる音をさせ、閉じた。


「……俺は」


 守れるのだろうかと思う。

 首筋の刻印に手を這わせ、しこりのようにある髑髏の形を撫でた。


 刻印は仮のものだ。ベレスは仮の刻印を与え、ほどよく成長したところで、本来の刻印を施しに来るのだろう。

 その時までに、ベレスと戦える力を、方法を、得なければならない。


 必ず人に戻るのだと、強く心に誓った。

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