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君と暮らす退屈な日々  作者: サクラギ
≪第一章≫
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【5】 Passes away

 場所を暖炉前へと移動した。


 赤々と燃え盛る暖炉の炎は、その場の演出という意味しかない。

 一族は寒さ、暑さを感じることはできるが、それにより死に至ることはないし、病気に罹ることもない。多少の身体変化、この場合、機能低下程度であるが、それくらいの弊害を生じるくらいで、わざわざ燃料の掛かる暖炉を用いる者はいなかった。


 暖炉の前には、体を横たえる為の大小様々なクッションが幾つも置かれており、そのひとつを背もたれにし、もうひとつを肘掛けにして、ゆったりと背を預けた当主は、酒を楽しみながらコウヤを前にしている。


 コウヤは、当主の横、当主の手の届かないくらい離れた場所に膝を抱えて座り、しかし、くつろぐことはできず、当主に勧められた酒にも手を出せず、静かに暖炉の炎を見つめていた。


 これから当主の話す内容を推測することは難しく、けれどコウヤの考え続けて来た疑問の答えが告げられるのだと思えば、委縮した気持ちの中に、ふつふつと期待が湧く。


「これは過去の話だ」


 そう前置きをした当主は、過去を思い出すように遠い目をし、珍しくも含みのない笑みを湛え、喉をうるおすように酒を飲み下すと、ゆっくりと話し始めたのだった。







 それは遠い過去のこと。

 大陸がまだアメリアと呼ばれていた時代。


 天を貫くような巨大なビル群が立ち並び、整備された道路には、車が数多く走り、人々は忙しそうに街を行きかっていた。


 ウェン=アード=ヴェルシーニ。

 彼が創られたのは、大陸が人の傲慢により消し去られた時より100年ほど前になる。


 当時、アメリア大陸のとある国のとある地下施設で、人を兵器に変える実験が行われていた。その実験は、国が援助をし、世界から選りすぐられた研究者を集め、5つのチームを作り、それぞれを競わせていた。


 バラム、セバル、ストラ、アード、ベレス。

 5つに分けられた研究チームの代表研究者の名であり、各研究チームの作品にもその名が与えられた。

 しかし、人と獣を掛け合わせ創り出した人体模そう兵器は、人に御すことの出来ない凶暴さを持ち、感情のままに動き回る、人にとって脅威の存在にしかならず、兵器利用する為には、彼らを統率できる存在が必要だとされ、研究はさらなる困難に見舞われていた。


 アード博士が創り出したのは、とある発芽種の成長変化を研究し、細胞の劣化を自身で補って行く生態と、とある動物が持つ、人に感知できない波動を持って仲間を統率することのできる機能を解明し、細胞内にそれらの細胞を組み込ませ創り上げた、新種の人を創る技術だった。


 しかし、その技術は、アード博士の特許とはならず、他チームに応用され、アード博士が研究成果を遂げる前に、創り上げられてしまった。


 各チームの人体模そう兵器を統率する者。チームの代表博士の名を与えられた彼らは、しかし、研究者の思惑通りには行かず、死刑囚を媒体とした為か、人体模そう兵器を統率する目的は果たせているのだが、しかし、その性質が荒々しく、結果、人に及ぼす悪影響が甚大であるとし、永遠の生を持つ者を創り出してしまった為に破棄することも適わず、その存在を持て余す結果となった。


 ウェン=アード=ヴェルシーニは、最後に産声を上げた。

 アード博士の助手であったウェン=ヴェルシーニを媒体とした、最後の統率者は、さらなる能力、各チームの統率者をさらに統率する為の能力を埋め込むことに成功し、ウェン=アード=ヴェルシーニは、様々な研究内容を脳に記憶した、新たな人種の最高統率者として生れることとなった。


 尊敬するアード博士の下、新たな人種でありながら、ウェンは人となんら変わらぬ振る舞いをし、研究の弊害であろう美しく変化をさせた姿で人を魅了しながらも、人体模そう兵器を地中深くに眠らせることに成功し、他チームの統率者をも従えることができた。


 バラム、セバル、ストラの名を持つチームの統率者は、ウェンの縛りに従う意思を見せてはいるが、その本質の凶暴性を御すことは難しかった為、人体模そう兵器と共に、地中深くに眠らせた。


 しかし、ベレスは違った。

 ベレスも媒体は死刑囚である。しかし、彼の持つ性質は独特のもので、簡単に言えば自身のことも、周囲のこともどうでも良く、時にふわふわと流され生きている。基本的に生に興味はなく、生きることの楽しみもなく、一輪咲きの花のように、美しくも凛と顔を上げているような、独特な空気を纏っていた。


「お前は他の統率者とは違うようだ」


 ウェンは、国の決定に従い、砂漠の地中深くに3種の統率者を眠らせ、誰もいない夜の砂漠の地でベレスと向き合い、しばし語らいの時を過ごした。


「……なぜ俺だけを残した」


 ウェンは、ベレスの性質を気に入っていた。

 美しく変化した容姿に興味はなかったが、匂い立つ独特な血の香りや、表面には現れにくい内面の純粋さに惹かれ、彼となら長い時を共に過ごしてみたいと興味を惹かれていた。


「お前には肉に飢えた荒々しさがない。我ら新たな人種は、血と肉とは切り離せない存在のようだ。お前も感じるだろう? 香しい血の香りに湧き立つ己の中の新たな感情を」


 ウェンは、砂漠の地から遠くに見える夜景の煌めきに視線を馳せ、そこより押し寄せる、生々しい血の香りに喉を鳴らし、しかし、それを抑える自制心を持ち合わせていることに安堵を得る。


「私は人として生きて行こうと思っている。アード博士が研究を続ける間は助手として働き、その後は研究がどのように発展して行くかを見守り、同時に統率者として、新たな人種がどう利用されて行くのかを見守りたいと思っている」


「……俺にはどうでも良いことだ。どうせ死刑を待つ身だった。眠りも死も変わらない。これ以上、生きていたいとも思わない」


 ベレスの目には生気がない。全てに諦めているからこそ、飢えを感じさせないのだろう。しかし、ウェンはそれを惜しいと思っていた。長く生きるには、同じものを共有できる仲間が欲しかったのかもしれない。


「では、お前にも眠りを与えてやっても良い。何か思い残すことはないのか? せっかく死刑囚から逃れられたのだ。最後にやってみたいことはないのか?」


 そう問えば、ベレスの表情が変わった。

 苦しむように眉根を寄せ、両の手が握られる。


「……ひとつだけある」


 ぽつんと呟かれた言葉は、掠れて聞き取り辛い。

 ウェンは耳聡く言葉を拾い、興味を掻き立てられていた。


「何もかもに興味を失ったお前にも、やはり思い残すことがあるのか。ならば私が叶えてやろう。眠るのはその後にすれば良い。いつでもできることだからな」


 ウェンの言葉を聞いたベレスは、初めて瞳に力を宿し、懇願するようにウェンを見つめた。


「娘がいる。一目で良い、会ってみたい」


 ウェンはベレスの感情に揺すぶられ、しかし、込み上げて来るものを抑えた。


 創りかえられた新たな人種であっても、その本質は媒体の想いを継いでいる。それが人であったと思い出させてくれる。ウェンもまた、媒体である者の記憶を受け継いでいた。それが人である証のように思え、ウェンはひどく嬉しく思う。


「見た目が変わってしまったからな、父親として会うことは難しいだろう。しかし、会うことは可能だ。いっそ家族の傍に眠らせてやろうか? 何れ目覚めの時を迎えるかもしれない。その時、お前の傍に、娘の血を引く血縁者がいるかもしれない。我らは血の匂いで血統がわかるのだから、そういう楽しみを胸に秘め、眠るのも一興ではないだろうか」


 ベレスが初めて笑みを見せた。

 安らかなその笑みを、ウェンは記憶に焼き付けた。


 温かな夢を見続け、眠るベレスを思い出せば、果てしなく続く長い道のりの、慰めになるのではないか。共に生きることも捨てがたかったが、せめてベレスの想いを叶え、人に擬態して生きる一歩を踏み出すのも良いかと思えた。


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