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君と暮らす退屈な日々  作者: サクラギ
≪第一章≫
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>2

「おまえがコウヤか」


 名を呼ばれ、蝶門の向こうへ馳せていた視線を、声の方へ向けた。

 門を守っていた一族が、その者を避けるように方々へ散っている。散っていながら意識はその者へ向けているようで、その視線の中には侮蔑が見え、けれどその者には逆らえないといった様子が伺えた。


 だいたいコウヤの名を呼ぶ者も珍しかった。

 ベレス印を持つ者ということは、コウヤの首筋にある印を見ればわかること。印に興味を示す者はあっても、その者の名などどうでも良い。一族の誰もがそういう態度だった。


 男は、コウヤと視線を合わせると、コウヤを観察するように目を眇め、見つめている。

 コウヤは、不思議とその視線を嫌だと思えず、コウヤもまた男を観察した。


 一族の者は、髪の美しさを見せつけるように、長く伸ばしていることが多い。しかし、男の髪は短く、頭の形がわかるほどだった。色は白に近い金髪。瞳もまた一族には珍しく黒い色をしている。

 体を包む衣服は、程よくついた筋肉の形を見せつけるように、ぴったりと体にそっている。下ばきも同様、体にそっていて、腰のベルトから膝下を覆う布が巻かれており、左腰で合わせた布が、肩幅に開かれた足の前を割り、太ももから足先までが見える。

 足は膝下丈のブーツに包まれ、腰布の上には長剣を佩いている。色は全て黒。ベルトとブーツに付けられた金属、腰から斜めに下がる長剣が黒く光りを放っている。一族であるから、この男もまた美しい容姿をしていたが、街ですれ違う一族とは違い、凛とした美しさ、狡さのない真っ直ぐな印象を受けた。


「私が門を開こう」


 そう言った男は、蝶門へと向かい、右手を差し伸べる。

 男の手に反応したように、蝶門が左右に割れた。


 男の視線がコウヤへ向く。

 コウヤは躊躇いながらも蝶門を潜り抜け、数歩進んだところで男を振り返った。

 男は立ち止まることなく奥へと進んで行く。

 その背を追いかけようと足を踏み出せば、背後で蝶門が閉まった。


「……あの、ありがとうございました」


 この男は誰なんだろう。そう思いながら男の背に続いて歩いた。


「いや、お礼を言わなくてはならないのは私の方だ」


 男の声の中に躊躇いがある。

 振り返らなかったから表情は見えなかったが、男の言葉が本心から発せられたのだとわかった。


「何のことですか? あなたと会うのは初めてですよね?」


 男と共に歩みながら、城の入口に近づいて行く。

 蝶門の中へ立ち入れるのは、当主の許可を持つ者だけで、許可は当主の許しだと言われており、許しがない者に扉が開かれることはない。


 男の足が扉の前で止まった。

 コウヤが見たことのある、この扉を開いた者は、バジルだけだ。

 城に仕える従者や侍女は、彼ら専用の御用通路があり、正門であるこの扉を使用することはない。コウヤもまた、ひとりの時は、正門を避け、裏へ回る。


「あの、俺、大丈夫です。案内はここまでで……」


 男がどういう者か知らないのに、別の入口があると教えて良いのかわからず、言葉尻を濁して誤魔化した。


「いや、問題はない」


 男は、躊躇うような視線をコウヤに向けた。

 すぐに扉が開き始める。外開きの扉の為、数歩下がって開ききるのを待った。


「この扉を開ける者は、当主への忠誠が試される」


 男は開いた扉の中へ足を進め、コウヤもまた後に続いた。


「私の忠誠は揺るがぬ。何も躊躇うものはない」


 固い声音を聞きながら、コウヤはこの扉の持つ意味を知った。

 バジルもまた、当主に試されていたのかと初めて知る。

 同時に扉を開こうとしなくて良かったと、忠誠など誓っているとはいえないコウヤは、焦る気持ちを内心に隠した。


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