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君と暮らす退屈な日々  作者: サクラギ
≪第一章≫
1/53

OP

 目の前で食い殺されて行く人を見た。

 さっきまで笑っていた人が、状況を把握できないまま、抗うすべもなく、ただ恐怖に怯えながら、姿を変えて行く。


 何もできず、ただ、見つめた。


 黄金に輝く稲穂が炎に包まれ、風に乗り、民家を焼き、それでも足りないと進んで行く。

 火の粉が夜空に美しい線を描きながら、浮き上がり、落ちて行く。


「泣かないで、ユズナ」


 震えながらしがみ付いて来る妹を抱きしめ、どうしようもない現実を目の当たりにして、諦めと絶望を苦く噛みしめる。


 人なのにと思った。


 どちらも人なのに、人であった筈なのに。なぜ殺し合わなければならないのか。

 力の差は歴然。

 全てを受け入れる前に、終わって行く。


 引き裂かれ、喰われた残骸が地に満ちる。


 せめて苦しまなくても良いように、自分の手で妹を殺してしまうべきか。

 荒々しく引き裂かれ、肉片と化し喰われるのと、兄に絞殺されるのと、どちらが優しく逝けるのか……。


 妹の両腕を掴み、自身の胸から顔を上げさせ、くしゃくしゃに歪んだ顔を覗き込めば、涙で濡れた瞳がコウヤを見上げた。ただコウヤだけを見つめるその瞳の中には、信頼しかない。


 まだ幼く細い喉に、手を掛けた。


 締め上げようとしても息が上がり、自分の心臓の音と呼吸の音が耳に響き、手に力が入らず、震える。

 ほんの数メートル先に敵がいる。

 今は獲物を仕留めることに集中しているが、あれが終われば次に狙われるのは自分たちだ。


「……ふっ、くっ」


 妹の手が、ゆっくり上がり、コウヤの手に重なった。

 大丈夫、というように、頬が引きあがり、儚い笑みを浮かべる。


 嗚咽が漏れた。

 覚悟が足りないと、妹を抱きしめる。


「ごめん、……ごめん……」


 殺してもやれない兄の不甲斐なさを許してくれと、苦しく言葉を吐き出した。


「泣かないで……」


 妹の震える手が持ち上がり、コウヤの背中を撫でて行く。


「一緒にいるから……最後まで、一緒だから……」


 絶対に離さないと強く抱きしめた。

 けれど本当はコウヤの方が縋りたかったのかもしれない。


 血の滴りが地面を打つ。

 砂を踏むブーツの底が、絶望の音を上げ、近づいて来る。


「ひっ」


 ユズナの喉が鳴る。

 爪を立て、抱き付かれ、妹の恐怖の度合いを知る。


 ユズナの視線を辿るように、背後を見れば、熱風に長い金の髪を晒しながら、赤く血走った目でこちらを見る、酷く美しい男がいた。


「おまえか」


 低く地を這うような声が聞こえて来る。

 ゾクリと背が粟立った。


 手から滴り落ちる血を舐め上げながら近づいた男は、コウヤの腕の中からユズナを奪い上げた。


 ユズナの体に抱き付き、ユズナを取り戻そうと思ったが、すでに遅く、胸倉を掴まれ、男の手にぶら下げられたユズナは、男の視線に晒されている。


「……」


 何かを呟きながら、男の指先がユズナの首筋を辿った。


 恐怖に怯えていたユズナが、途切れたように首を傾げる。

 意識を手放したのだ。


 男の手が、ユズナごと引き下ろされ、視線がコウヤを捕えた。

 コウヤは、地に座り込んだまま、視線を合わせ、怯えることしかできない。


「おまえも刻印が必要か?」


「い、妹を返せよ……」


 これもまた人であると思い込みながら、言葉が通じることに望みを賭け、震える声を精いっぱい出した。


「妹?」


 何か疑問を持ったのか、しばしの間を置いた男は、ユズナを軽々しくコウヤの方へ差出した。

 縋るように妹を掻き抱き、男を見上げる。

 男は、コウヤの手の中にユズナを落とし、コウヤの首筋に左手を当てた。


 右の首筋にピリリと痛みが走ったが、そんなことはどうでも良く、ユズナを抱き締めたまま、尻餅をついた格好で擦り下がる。


「我が名はヘイズ=ベレス。覚えておけ」


 男の手が風を纏いながら天を指す。

 ごうっとうなりを上げた風が渦巻き、地が炎で埋め尽くされた。

 それはまるで悪夢を描いた絵画のようで、風の唸りと炎の揺らぎが歌のように聞こえた。


「何れ迎えに行く」


 熱い空気に息が出来ず、目を閉じてユズナを抱き締めた。

 どうか、全てが夢でありますようにと祈りを捧げ、意識を手放した。

アルファポリス「ファンタジー小説大賞」にエントリーしています。

9月より投票開始。バナーをクリックして頂けると嬉しいです。

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