OP
目の前で食い殺されて行く人を見た。
さっきまで笑っていた人が、状況を把握できないまま、抗うすべもなく、ただ恐怖に怯えながら、姿を変えて行く。
何もできず、ただ、見つめた。
黄金に輝く稲穂が炎に包まれ、風に乗り、民家を焼き、それでも足りないと進んで行く。
火の粉が夜空に美しい線を描きながら、浮き上がり、落ちて行く。
「泣かないで、ユズナ」
震えながらしがみ付いて来る妹を抱きしめ、どうしようもない現実を目の当たりにして、諦めと絶望を苦く噛みしめる。
人なのにと思った。
どちらも人なのに、人であった筈なのに。なぜ殺し合わなければならないのか。
力の差は歴然。
全てを受け入れる前に、終わって行く。
引き裂かれ、喰われた残骸が地に満ちる。
せめて苦しまなくても良いように、自分の手で妹を殺してしまうべきか。
荒々しく引き裂かれ、肉片と化し喰われるのと、兄に絞殺されるのと、どちらが優しく逝けるのか……。
妹の両腕を掴み、自身の胸から顔を上げさせ、くしゃくしゃに歪んだ顔を覗き込めば、涙で濡れた瞳がコウヤを見上げた。ただコウヤだけを見つめるその瞳の中には、信頼しかない。
まだ幼く細い喉に、手を掛けた。
締め上げようとしても息が上がり、自分の心臓の音と呼吸の音が耳に響き、手に力が入らず、震える。
ほんの数メートル先に敵がいる。
今は獲物を仕留めることに集中しているが、あれが終われば次に狙われるのは自分たちだ。
「……ふっ、くっ」
妹の手が、ゆっくり上がり、コウヤの手に重なった。
大丈夫、というように、頬が引きあがり、儚い笑みを浮かべる。
嗚咽が漏れた。
覚悟が足りないと、妹を抱きしめる。
「ごめん、……ごめん……」
殺してもやれない兄の不甲斐なさを許してくれと、苦しく言葉を吐き出した。
「泣かないで……」
妹の震える手が持ち上がり、コウヤの背中を撫でて行く。
「一緒にいるから……最後まで、一緒だから……」
絶対に離さないと強く抱きしめた。
けれど本当はコウヤの方が縋りたかったのかもしれない。
血の滴りが地面を打つ。
砂を踏むブーツの底が、絶望の音を上げ、近づいて来る。
「ひっ」
ユズナの喉が鳴る。
爪を立て、抱き付かれ、妹の恐怖の度合いを知る。
ユズナの視線を辿るように、背後を見れば、熱風に長い金の髪を晒しながら、赤く血走った目でこちらを見る、酷く美しい男がいた。
「おまえか」
低く地を這うような声が聞こえて来る。
ゾクリと背が粟立った。
手から滴り落ちる血を舐め上げながら近づいた男は、コウヤの腕の中からユズナを奪い上げた。
ユズナの体に抱き付き、ユズナを取り戻そうと思ったが、すでに遅く、胸倉を掴まれ、男の手にぶら下げられたユズナは、男の視線に晒されている。
「……」
何かを呟きながら、男の指先がユズナの首筋を辿った。
恐怖に怯えていたユズナが、途切れたように首を傾げる。
意識を手放したのだ。
男の手が、ユズナごと引き下ろされ、視線がコウヤを捕えた。
コウヤは、地に座り込んだまま、視線を合わせ、怯えることしかできない。
「おまえも刻印が必要か?」
「い、妹を返せよ……」
これもまた人であると思い込みながら、言葉が通じることに望みを賭け、震える声を精いっぱい出した。
「妹?」
何か疑問を持ったのか、しばしの間を置いた男は、ユズナを軽々しくコウヤの方へ差出した。
縋るように妹を掻き抱き、男を見上げる。
男は、コウヤの手の中にユズナを落とし、コウヤの首筋に左手を当てた。
右の首筋にピリリと痛みが走ったが、そんなことはどうでも良く、ユズナを抱き締めたまま、尻餅をついた格好で擦り下がる。
「我が名はヘイズ=ベレス。覚えておけ」
男の手が風を纏いながら天を指す。
ごうっとうなりを上げた風が渦巻き、地が炎で埋め尽くされた。
それはまるで悪夢を描いた絵画のようで、風の唸りと炎の揺らぎが歌のように聞こえた。
「何れ迎えに行く」
熱い空気に息が出来ず、目を閉じてユズナを抱き締めた。
どうか、全てが夢でありますようにと祈りを捧げ、意識を手放した。
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