メルの話
「わたしとユカは洞窟の偵察に行った。みんなのところから離れると、暗くて、音もなくて、ふたりでいるはずなのにひとりでいるみたいだった。こわくて…」
息をついて、とまる。咳払いをしたり、指を組み直したり、そわそわしているのがよくわかった。そしてまた、調子整えて話し始める。
「あるとき、急に冷たい風が吹いたの。前から、吹いてきたの。出口かもと思った…。わたしとユカは手をつないで、走った。
真っ暗の中を、ふたりで…そしたらっ……大きな白い光が見えて!
あれは絶対に、出口だった!はやく確かめて、みんなに伝えなきゃって…思って…そしたら、そこから…その、光から…」
気づいたら、その場にいた全員がメルの話に耳を傾けていた。
「伸びてきたの。影のような、真っ黒い手みたいな何かが!ユカは足を掴まれて転んじゃって…わたし、どうしようもなかった!
ユカはわたしに、逃げてって、叫んだ。ユカは…その黒い影にぐるぐるに巻かれて…そのまま…。
わたしは逃げてきたから、彼女がその後どうなったのか…っでも、聞こえたの。苦しそうなユカの声!悲鳴と、叩きつけるような音も」
メルは、絞り出すように言い切ると、口をつぐんだ。しかし、またすぐにうっと声を漏らすと、堰を切ったように泣き出した。
「かわいそうな…かわいそうなユカ!わたしだけ逃げてきて、生き延びちゃったの!ユカは…わたしの身代わりで…っ」
「…そう、か」
思った以上に胸の痛む話で、ルビィもさすがに言葉に詰まった。強引に話させてごめん、と謝り、しばらく黙り込んだ。
その場にいた全員が、悪魔の手に撫でられたように恐怖に震え、黙っていた。
「出口だと思っても、それは出口じゃないんだ…」
絶望的な声がつぶやく。
押し殺したようなユカの声が、切ないほど深く、洞窟に響いて。
ルゥはいてもたってもいられず、気の利いたこと言おうと必死に考えた。
しかしこういう場合、下手に励ます言葉は薄っぺらいし、余計相手を責めることもある。
どうしていいのかわからなかった。
「作戦を立てよう」
凛とした声が洞窟に響いた。デュークだ。
「みんな、できるだけ団体行動だ。目に見える範囲に必ず、優秀な強い魔法使いがいるようにしろ。
ルビィとレビィは杖がなくても魔法が使えるから、頼れるよ。自分で言うのもなんだけど、ぼくもなんとか。食料係は、カドローだ。何があっても彼を守ろう。彼がいなくなったらみんな死ぬしかなくなるからな。
今ここにいるのは全部で18人。行方不明者がいたらすぐにぼくかルビィに連絡してくれ」
デュークは一旦言葉を切った。みんなは暗闇の中でうなずいた。カドローは真剣な顔をして、ぎゅっとポケットを握りしめていた。
「提案なんだけど」
ミュゼンの声がした。
「団体行動とはいえ、18人は多すぎるだろ。二手に分かれないか?」
「でも、食料は」
「全く別れるわけじゃないよ。今日が終わる頃にはちゃんとここに戻ってくる。二手に分かれるのは、調査のためだよ」
「危険じゃないか?」
デュークはどこまでも慎重だ。
「…なあデューク、このままじっとここで待ってるつもり?いろいろ試さないと、埒があかないと、おれは思うんだけど」
ミュゼンの声には、水面下に抱えたぶつけどころのない怒りがちらちらと垣間見えた。
「…おれもう、はやく出たくてたまらないんだ。このまま暗闇の中でじわじわ死んでいくなんてたまらない。どうせ死ぬんだったら、もっと挑戦してから死ぬべきだよ」
「そうだよ、お前らしくないぜ。怖いのか」
ルファが好戦的にミュゼンに同調して言った。デュークはうーんと唸って、曖昧に笑った。
「お前ら2人だけだったらもちろんそうするよ。でも、ここで預かってるのは自分の命だけじゃない。みんなの命も預かってるんだ」
デュークがあたりを見回していった。
「誰も失いたくない。もう、誰も。…みんなはどう思う?」




