奪われた幸福(しあわせ)
たしかに、相手は大魔女。
黒魔法の女王なわけだから
どんな魔法もおてのもの
ってやつだよな。
「ほんとうに、大魔女かなあ」
アシュメルはまだ疑っている。
「話が飛んだね、ごめん。
どこまで話したっけ?」
「先生のお子さんが…」
お子さん、ね。
自分で言っておいて
おかしいなと思った。
だっておれ、スティラに
育てられたんだもん。
だからおれだってスティラの
「お子さん」だもん、
少なくともおれはそう思ってるもん。
「ああそうだ。さらわれたところか」
他人事のように話す口調が
まるで悲しみを遠ざけようと
しているかのようで。
聞いていてちょっぴり、胸が痛い。
「ちょうど1人で立って歩けるように
なったくらいだったんだ。
だから、散歩に行った。小高い丘。
少し曇っていたけど…
雨が降る前にって。
いつも通りだった。本当に。
全部、なにもかもね」
でも、奪われた。
あの忌まわしい爪で。
あの呪われた火炎で。
「ドラゴンは、村を半壊状態にした。
僕の子どもをさらっただけじゃなくて、
僕の村の人々の生活も台無しにした」
それはしあわせとは程遠い
夢だったらいいのにと思う光景。
想像するだけでも、苦しい。
「先生は、ドラゴン倒せなかったの?
倒そうとしなかったの?」
アシュメルが興味津々に尋ねる。
「もちろん、倒そうとした。
僕はその頃、自分でも自分のことを
強い魔法使いだと思ってた。
そう、ちょうど君みたいにね、ナルミ」
見透かしてるよっていう
スティラの視線におれははにかんだ。
だって、校長直伝の魔法だよ?
「でも、そんなの自惚れでしかなくて、
あいつには…かなわなかった」
自惚れ…たしかに
おれも自惚れだよ。
でも、つらそうに歪んだ
スティラの顔を見ていたら、
なんだかいてもたっても
いられなくなった。
スティラの過去を聞いてしまっては
なおさらのことだ。
おれは我慢できなくなって、彼に訊いた。
「じゃあ、今は?」
「え…」
「今でも、かなわないって思う?」
今度はおれがスティラの目を
まっすぐ覗き込む番だった。
彼の目はぐらりと大きく揺れた。
文字通りに揺れた。
「…わからない…」