昔話
耳を、疑った。
「は、はは…笑えない冗談ですね」
スティラが、いたずらが
ばれてしまった子どものように
うつむいた。
「いずれ…君には話さなくちゃ
いけないと思ってた。
ああ、そんなに固い顔しないで」
いやいやいや、固い顔にもなりますよ、
こんな話。
「むかしばなしだよ。
肩の力を抜いて聞きなさい」
スティラはやわらかく微笑んだけど、
なんとなくへにゃっと芯のない
笑い方に見えてしまう。
彼は手近にあった椅子に腰掛けて、
視線を宙に泳がせた。
おれとアシュメルは彼の
向いの席に座った。
スティラの一言が突飛すぎて
想像もつかない。
「じゃあ、僕がこの学校にくる前の
話をしよう」
聞かされたことない話。
もう10年以上一緒にいるのに、
おれの育ての親なのに、
聞かせてくれなかった、彼の昔話。
「僕の生まれた村はそれは小さくて、
山に囲われた集落のような村だった。
僕はそこにふつうの人間として生まれた。
10歳から山の精霊に魔法を教わって、
僕は魔法使いになった。
もうずーっとずっと前の話。
僕の容姿が老化しないのは、
精霊と血を交換したから」
「血を交換?」
「うん。兄弟の契りっていうんだけど。
全ての指先に傷をつけて血を流し、
お互いの傷口を合わせながら誓いの言葉を
述べるの。まだ傷跡があるよ…ほら」
スティラはひらっと手のひらを見せた。
相変わらず白くて上品な指先に
うっすらと傷跡がある。
「ほんとだ…」
ってことは、スティラの魔法は精霊から
教わったものなのか。
だからきれいで美しいもの
ばっかりなんだなあ…。
…かなわないや。
「大人になって、結婚して、
1人目の子どもができた。
しあわせだったなぁ…」
ふふふ、とスティラが微笑む。
そしてそのまま表情を変えずに言った。
「そして、
それからほんの2、3年後のこと…。
僕が住んでいた村に突然姿をして、
子どもをさらっていった。
"魔法使いの"子どもを、ね。」
まるで、他人の昔話を語るみたいに
表情ひとつ変えない、彼。
嵐のように襲来したドラゴン。
おれも、ついさっき見た。
あれに、子どもをさらわれた
スティラの気持ちは…。
そんなふうに簡単に淡々と
語れることのわけ、ないのに。